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ものづくり・製造

量産の壁——「作れる」と「100万個作れる」は別の問題だ

2026/6/21 (更新: 2026/9/13) シリーズ「製造業の世界観・素人が聞けない原理」 第3回 / 全3回

目次

製造業は、いかに「ばらつき」と「良品率」に苦しんでいるか——それを踏まえたうえで、素人がいちばん誤解しやすい一点がある。

「1個作れること」と「100万個作れること」は、まったく別の問題だ。

研究室で試作品が一度動いた。すごい。だが、それはゴールではなく、本当の地獄の入口かもしれない。多くのスタートアップや新製品が、ここで力尽きる。「動くものは作れたのに、量産できない」という谷で。

まれな問題は、「数」で必ず現実になる

なぜ量産は難しいのか。第一の理由は、まれな問題が、数の力で“必ず起きる”ことに変わるからだ。

たとえば、ある不具合が「1万個に1個」しか起きないとする。試作で数個、いや100個作ったとしても、不良の期待値は約0.01個にすぎない。つまり一生出会わない。「完璧だ」と思える。だが——

⚠ 概念図:実データではない 「1万個に1個」不良が出る工程で、つくる数を増やすと—— 100個 不良 約0.01個(まず出会わない=“完璧”に見える) 1万個 不良 約1個(たまに出る) 100万個 不良 約100個(もはや例外ではなく、常時出る) 同じ信頼性でも、数が変われば「まれ」は「日常」になる。 棒の長さは不良数に比例している。100個の行は細すぎて見えず、1万個の行もごく細い。
不良率が同じ「1万個に1個」でも、100個なら出会わず、100万個なら約100個——確実に出る。試作で見えなかった問題が、量産では常時起きる。

100万個作れば、同じ不良率でも約100個が不良になる。試作では一度も見なかった問題が、量産ラインでは常時、確実に起きる。スケールとは、まれな不運を、確実な日常に変える装置なのだ。半導体製造を対象にしたモデル分析は、これと隣り合う別のことを言っている。工程が成熟したあとに落ち着く欠陥密度——終端欠陥密度——が0.5から0.2個/cm²へ下がるかどうかで、事業の採算そのものが変わる1この差は「わずか」ではない。同じモデルの歩留まり式(ポアソン型、臨界面積1.4cm²)に入れれば良品率は約50%と約76%で、1.5倍の開きになる。規模がまれな不運を日常に変えるのとは別に、工程がどこまで欠陥を落とし切れたかも採算を大きく動かす、ということだ。ただし原典はこれを収穫逓減側の因子に置き、採算を最も左右するのは欠陥密度の到達水準ではなく、そこへどれだけ速く下がるかだとしている1。同じモデルは、その速さの効き目も見積もっている——歩留まりの立ち上がりが半年早まれば累積純利益は2倍以上になり、半年遅れれば3分の2が消える1

第二の壁:「同じ」を保ち続けること

量産が難しい理由は、もうひとつある。ばらつきの源が、桁違いに増えることだ。

試作は、腕のいい人が、選りすぐりの材料で、じっくり1個作る。 量産は、何百人もの作業者、何台もの機械、複数の供給業者、昼と夜、夏と冬——そのすべてにわたって、同じ品質を保ち続けなければならない。機械は摩耗し、材料のロットは変わり、人は替わる。放っておけば、品質は必ずずれていく。

だから一流の工場は、「小さなばらつきがあっても、結果が変わらない」頑丈な工程を設計する(ロバスト設計)。これを体系化した代表的な方法論が田口玄一のパラメータ設計で、性能を左右する制御可能なパラメータを選び、現場では制御できないノイズ(ばらつき要因)に対して鈍感になるよう工程そのものを設計する、という考え方だ2。少々の揺れを吸収できる作り方こそが、量産では強い。これは「頑健さ(ロバストネス)」の話と、根は同じだ。揺れる現実の中で、それでも安定して動くこと。ただし、田口が提案した具体的な評価指標(信号対雑音比)そのものについては、統計学者から数学的な妥当性に疑問が呈され、限られた条件下でしか意図どおりに機能しないと指摘されている3——「ばらつきに鈍感な工程を設計する」という発想自体は広く実践されているが、そのための具体的な手法選びには今も論争の余地がある。

だから、「量産できる」こと自体が、堀になる

ここで、このシリーズ(村田・ソニー・トヨタ)の話がつながる。

世界トップの製造企業の本当の強さは、「すごいものを1個作れる」ことではない。すごいものを、何十億個、何年も、ばらつきなく作り続けられることだ。砂粒のようなMLCCも、スマートフォンの画像センサーも、自動車も、そうやって世に出ている。いずれも量の話で、品質の優劣をここで断じているのではない。

ここでいう「作り続けられる」は、量を積むこと自体ではない。先のモデル分析も、歩留まりが上がる前に生産量だけ引き上げても産出の大半が無駄になるだけで上乗せは無いとし、成否を分けるのは工程開発の初期に問題を速く解く能力のほうだと述べている1

「作れる」は入口にすぎない。「量産できる」が、堀(モート)になる。 設計図や試作品は真似できても、この「数と時間にわたる一貫性」は、一朝一夕には真似できない。それが、ものづくりという営みの、いちばん深い強さだ。

念のため付け加えると、規模の拡大はまれな不良を顕在化させるだけの、一方通行の悪材料ではない。累積の生産量が積み上がるほど、工程や治具に習熟し、単位あたりの労務費が系統的に下がっていく——という「学習曲線」(のちに総コストへ拡張されたものが「経験曲線」)の効果が、製造業では古くから報告されている4。不良の側にも改善の力が働く。ただしその駆動因は生産量そのものではない。工程開発の段階で技術者が系統的な問題を潰していくと欠陥密度は半年で一桁下がる、そして量産の立ち上げはその歩留まり上昇のあとに来る。先のモデル分析はこの二つを、分析の結果としてではなく、業界の専門家への聞き取りに基づく前提として置いている1。量産の壁は本物だが、乗り越える過程そのものが学習であり、乗り越えた先には累積生産量による習熟という追い風も加わる。

これで「製造業の世界観」シリーズの土台——歩留まり・ばらつき・スケール——が揃った。こうした数と時間にわたる戦いが、世界の“ものづくり”を支えている。


不良率×生産数で不良“個数”が増えること(まれな事象が大数で顕在化する)は初等的な確率。量産におけるばらつき源の増大、ロバスト設計(タグチ的な、ばらつきに鈍感な工程設計)、試作と量産の間の「死の谷」は、生産工学・製品開発の標準的な知見。

出典4件
  1. C. Weber, “Yield Learning and the Sources of Profitability in Semiconductor Manufacturing and Process Development,” IEEE Transactions on Semiconductor Manufacturing 17(4), 590–596 (2004)。ポアソン歩留まりモデルの上に採算性を組んだ経済モデル(130nm CMOS のマイクロプロセッサ事業、200mmウェハ、臨界面積1.4cm²)。終端欠陥密度を他条件一定のまま振ると、0.7個/cm²超では採算化が難しく(原典の逐語は even for microprocessors, which have a relatively high value で、比較的価値の高いマイクロプロセッサでさえそうだ、という書き方である)、0.5→0.2個/cm²で収益性が劇的に改善し、0.1個/cm²未満で頭打ちになると報告。原典はこれを収穫逓減を示す因子の一つに分類しており、採算を最も左右するのは歩留まり学習の「速度」だとしている——逐語は moving the yield ramp up by six months more than doubles the cumulative net profit of the semiconductor venture, whereas delaying it by six months eliminates two thirds of the profit。歩留まりが上がる前の立ち上げについては ramping up at higher fault density reaps no additional benefits, because the majority of the output goes to waste と述べ、成否を分けるものとして developing a rapid problem-solving capability in the early stages of process development enables successful yield learning を挙げる。また立ち上げ期に欠陥密度が半年で一桁下がることと、増産が歩留まり上昇のあとに来ることは、分析の結果ではなくモデルの入力仮定である(原典は Fig. 1 illustrates the physical assumptions of the production model と書き、後者を an aggressive assumption, which according to interviews with industry experts is consistent with the performance of the “best-of-breed” semiconductor manufacturers と限定している)。なお原典の語は fault density(電気的フォールトの密度)で、単位は faults/cm² である。本稿では読みやすさのため「欠陥密度」と書く。 https://ieeexplore.ieee.org/document/1353315/ / 全文は著者所属校が公開している https://web.pdx.edu/~webercm/documents/2004%20Weber%20Yield%20Learning.pdf 2 3 4 5

  2. R. Unal & E. B. Dean, “Taguchi Approach to Design Optimization for Quality and Cost: An Overview,” Presented at the 1991 Annual Conference of the International Society of Parametric Analysts (NASA)。パラメータ設計の目的を「性能を左右する制御可能なパラメータのうち、ノイズ要因に対して最も頑健になる組み合わせを選ぶこと」と定義——本稿がいう「ロバスト設計」の内実の裏づけ。 https://web.archive.org/web/20240227080511/https://ntrs.nasa.gov/api/citations/20040121019/downloads/20040121019.pdf

  3. G. E. P. Box, “Signal-to-Noise Ratios, Performance Criteria, and Transformations,” Technometrics 30(1), 1–17 (1988)。田口が提案した信号対雑音比という評価指標について、León, Shoemaker & Kacker (1987) が「ばらつきが平均に比例する場合にしか目的に合致しない」ことを示したと引きつつ、Box 自身がより一般的な代替(変換の併用)を提示して手法の妥当性を批判した論文——「頑丈な工程を設計する」という発想の価値と、その具体的な統計手法の限界は別問題であることを示す。 https://doi.org/10.1080/00401706.1988.10488313

  4. T. P. Wright, “Factors Affecting the Cost of Airplanes,” Journal of the Aeronautical Sciences 3(4), 122–128 (1936)。累積生産数が倍になるごとに、単位あたりの平均労務費がほぼ一定の割合で下がる(いわゆる「80%カーブ」)ことを、実際の航空機生産データから示した学習曲線の起源論文(原典の語は average labor cost で、これを総コストへ拡張した後年の概念が「経験曲線」)——本稿が強調する「規模はまれな不運を顕在化させる」という一方向の見立てに対し、規模には習熟による系統的な改善という逆方向の効果もあることを示す。なお原典の曲線は、同一機種を異なる数量で作った過去の経験から得られる2〜3点をもとに経験的に起こし、その後データが増えるたびに補正したものである(逐語 worked up empirically from the two or three points which previous production experience of the same model in differing quantities made possiblewas corrected as more data became available)。また原典自身、この曲線は製造中に大きな変更が入らないことを前提にすると断っている(逐語 based on the assumption that no major changes will be introduced during construction)——大きな設計変更が入る場面では、この追い風は前提を外れる。 https://pdodds.w3.uvm.edu/research/papers/others/1936/wright1936a.pdf

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