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個人開発の売上分布——流通は技術と別枠で必要な変数

2026/7/4 (更新: 2026/9/9)

目次

「いいものを作れば、人は来る」。エンジニアが最も信じたい話だ。Paul Graham の書き方はもう少し慎重で、離陸するかしないかの二択で考える起業志望者は多いが実際に離陸するのは創業者が離陸させるからだ、たまたま自力で伸びたものも一握りはあるだろうがたいていは何らかの押しが要る、という1。データも同じ方向を指している。ただし、その逆張り——「作るより届ける方が大事」——もまた、決まり文句として安く消費されがちだ。データが実際に何を示し、何を示さないのかを、一段ていねいに分けて見たい。

埋もれるのが「ふつう」である

個人開発のリリース後の分布は、残酷なほど一方向を指す。モバイルアプリでは、売上の前段として「そもそも届いているか」——ダウンロード数——を見る。2023年時点で、大手を含む全アプリを対象にした集計でさえ、月100件以上ダウンロードされたアプリに限って約半数が月100〜1,000件にとどまり、8割は月1万件未満だった。しかもこの集計は、月100件に届かない大多数を最初から含んでいない——つまり実際の分布はこれより厳しい。頂点の薄さも同じ集計に出ている。月100万〜1,000万件の帯は全体の0.5%で、Twitter や TikTok の App Store 版のような名の知れたアプリはここにいる。月1,000万件を超えるのは21件だけで、うち20件が Google Play、App Store はたった1件だ2。大手を母集団に入れたままこの形なのだから、個人開発だけを切り出せば分布はさらに下へ寄る。

Steamのインディーゲームも収益は上位に集中している。大手インディー(Triple-i)がインディー売上の53%を占め、小規模チームが20%、中堅が19%、趣味開発者は8%だ。2024年1〜9月のインディー売上は総額で約40億ドル。うち17億ドル(43%)は2024年より前に出た作品が稼いだ分だ3。残る約23億ドルを、その年に Steam へ出た13,007本——その98.9%がインディーだ——が分け合っている3。うち突出しているのが『Black Myth: Wukong』と『Palworld』の2本で、Wukong 1本の約10億ドルだけで、2024年に出た他のインディー新作の合計を上回る3。もっとも VG Insights 自身「インディーの定義はますます難しく、AA/AAA との線引きに明確な答えはないことが多い」と断っており、この53%には Wukong——1本でインディー総額の4分の1——が含まれている3。届く側のごく一握りが大半を取り、残りの相当数はほとんど誰の目にも触れない。

ここで測られているのは作品あたりの総収入(gross)であって、開発者の手取りではない。VG Insights が数えているのはフルゲーム販売の売上だけで、アプリ内課金などの収入は含まれていない3。VG Insights の集計では、同じチームの1作目は平均で約12万ドル、2作目は16.8万ドル、3作目は20.9万ドルの総収入を上げる3。この平均は上位の作品に引かれており、同じ報告が示す集中の度合いからすれば、中央値はかなり下にあるとみてよい。生活費の足しになる水準に届くのがどれだけ稀かは、この平均からは直接には読み取れない。

ただし、この偏りだけから「技術より流通」と結論するのは早い。分布が上位に集中していることと、沈んだ原因が流通にあることは、別の主張だ。埋もれた作品には、技術的には堅牢でも、飽和したジャンルに投じられたもの、時期を外したもの、そもそも誰も欲しがらなかったものが混じっている。我々は「よくできているのに埋もれた」例を選んで覚えがちで、これは生存者バイアスの裏返しだ。だから正確にはこう言うべきだ——流通は勝敗を分ける主要な変数の一つでありながら、エンジニアが最も過小評価する変数だ。技術の代わりではなく、技術とは別枠で必要になる。

頂点は「流通の勝利」ではない

先の2本——『Black Myth: Wukong』と『Palworld』——を「流通が全て」の証拠に使うのは、むしろ危うい。前者はAAA級の制作規模と既存IPの後押しを持ち、後者は「モンスターを捕まえて銃を持たせる」という強烈なプロダクトのフックで火が付いた。市場全体の見え方さえ、1作品の有無で変わる。先に見たとおり、Wukong 1本が同年の他の新作の合計を上回っている。頂点では、並外れたプロダクトが流通を引き寄せている。逆ではない。

つまり分布の両端は、それぞれ別のことを教える。底では流通の欠如が沈め、頂点では製品の突出が浮かせる。「技術より流通」が本当に効くのは、その中間——“十分に良いのに埋もれている”帯だ。ここを取り違え、平凡なプロダクトを流通で押し込もうとすると、やはり失敗する。流通はゼロを1にするが、1を10にするのは依然としてプロダクトの仕事だ。

なぜエンジニアは構造的に間違うのか

理由は心理的に説明できる。ビルドは「楽しくて、コントロールできる」。コードは書けば動くし、進捗が目に見える。一方ディストリビューションは「不快で、コントロールできない」。SEOは数カ月かけてようやく複利が効き始めるし、オーディエンスは一晩では育たないし、断られ続ける。Graham も同じことを書いている——創業者が個別の利用者獲得に出ていかない理由の一つは、家でコードを書いているほうが、大勢の他人に話しかけてたいてい断られるよりましだからだ1

Graham はこれを訓練の問題としても説明している。多くの創業者はエンジニアとして訓練を受けており、顧客対応はその訓練に入っていない、と1。だから我々は、得意で気持ちいい方に時間を寄せる。機能を磨き、リファクタし、技術スタックを選び直す。そして流通を「最後にくっつける作業」だと誤認する。結果、コントロールできる変数に過剰投資し、勝敗を分ける変数のうち自分が最も過小評価している方に過小投資する。最適化の方向が、出力(売上)ではなく、自分の快適さに向いている。

流通から逆算してアイデアを選ぶ

処方箋は地味だが、判断基準まで落とす。

第一に、アイデアを技術の面白さでなく流通経路で選ぶ。既に自分が立てるチャネル——運用中のコミュニティ、狙える検索意図、届く既存の読者——に乗るものを優先する。逆に、獲得コストの見えない新規チャネルを前提にするアイデアは、その一点で割り引く。

第二に、作る前に「金を払う意思」を検証する。ランディングページ、事前登録、手作業での提供。ここでの最大の罠は、無料の登録や「いいね」を需要と誤認することだ。だから合否ラインを先に決めておく——たとえば「事前登録者の何%が、少額でも決済に進むか」。進まなければ、そのアイデアは作らない。検証は、作らない判断を下せて初めて意味を持つ。

第三に、流通を「後付けの作業」ではなく「練習するスキル」として扱う。書く、話す、人に会う。これは才能ではなく反復だ。ビルドと同じく、毎日少しずつ上手くなる種類のものだ。先に挙げた1作目から3作目への伸び(12万→16.8万→20.9万ドル)は、VG Insights の集計による3。ただしこれは横断の平均で、3作目まで出せたチームだけを見た数字だ。流通の反復がどれだけ寄与したかは、この数字からは分けられない。

作ることは、終わりではない。始まりですらない。だが「届けさえすれば」でもない。プロダクトと流通は、順番に片付ける工程ではなく、同時に設計する二つの変数だ。Graham も、初期ユーザーへの過剰な関わりは成長を回すために許される手段であるだけではない、と書いている。多くの成功したスタートアップでは、製品を良くするフィードバックループに必要な一部でもある1。より良いネズミ捕りを作ることは、ひとつの不可分な操作ではない1。本当のプロダクトは、十分に良いものが、誰かに届いた瞬間に初めて存在し始める。


出典3件
  1. Paul Graham, “Do Things that Don’t Scale”(エッセイ, 2013年7月)。原典の主語は起業志望者(would-be founders)。「良いネズミ捕りを作れば人が押し寄せる、と信じたがる創業者は多いが、実際にスタートアップが離陸するのは創業者が離陸させるからだ」という趣旨を、Stripe(創業者自らその場でユーザーのラップトップにセットアップ)・Airbnb(戸別訪問でのユーザー獲得)などの実例で示す。Making a better mousetrap is not an atomic operation. も同エッセイ。本文が引く一文は Over-engaging with early users is not just a permissible technique for getting growth rolling. For most successful startups it's a necessary part of the feedback loop that makes the product good.——not just は「それだけではない」であり、前半を否定していない。「なぜエンジニアは構造的に間違うのか」の節が引く2文も同エッセイ——They'd rather sit at home writing code than go out and talk to a bunch of strangers and probably be rejected by most of them.a lot of startup founders are trained as engineers, and customer service is not part of the training of engineershttps://paulgraham.com/ds.html 2 3 4 5

  2. “By the Numbers: Analyzing App Downloads in the App Store and Google Play”(appfigures, 2023年7月14日)。アプリストアのダウンロード分布。母集団は個人開発アプリではなく all of the apps in the App Store and on Google Play で、そのうち「月100件以上ダウンロードされたアプリ」を集計対象としている。約半数が月100〜1,000件、8割が月1万件未満、月100万〜1,000万件は0.5%、月1,000万件超は21件で、うち20件が Google Play・1件が App Store(逐語 20 of those come from Google Play and 1 from the App Store. Just 1.)。原典は that's 80% of apps with more than 100 downloads per month, so it doesn't include most of the App Store and even less of Google Play と、大多数が集計外である旨を明記し、末尾では that was revenue and this is downloads と、これが売上ではなくダウンロード数の集計であることを断っている。数値はすべて推定である(逐語 All figures included in this report are estimated.)。https://appfigures.com/resources/insights/20230714

  3. “Indie games come close to AA/AAA games in revenue on Steam for first time ever, grossing $4 billion in 2024 so far”(Game World Observer / VG Insights, 2024年10月16日)。Steam のインディー収益の分布——Triple-i がインディー売上の53%、小規模チームが20%、中堅が19%、趣味開発者が8%(売上は2024年1月1日〜9月30日の集計)。新作本数のほうは窓が違い、13,007本は記事公開時点の年初来で(逐語 13,007 products released on the platform so far this year)、その98.9%がインディー。同じチームの1作目・2作目・3作目の平均総収入(gross)は12万・16.8万・20.9万ドル。モバイル側と違い「全数値が推定」という一括の断りは無いが、販売本数は推定として示され(逐語 VG Insights estimates the total number of copies sold on Steam this year at 504 million)、売上は範囲を限る注が付く(逐語 VG Insights only takes into account revenue from full-game sales, excluding in-app purchases and other income.)。原典は Wukong と Palworld を indie に分類したうえで、その分類自体が曖昧だと自ら留保している。https://gameworldobserver.com/2024/10/16/indie-games-revenue-steam-vs-aaa-titles-vg-insights Wukong 単独の突出は、本紙が Wukong 1本を約10億ドルとしたうえで逐語 more than all other 2024 indie releases combined と書いている(2026-09-09 再取得・著者 Evgeny Obedkov)。 2 3 4 5 6 7

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