マテリアルズインフォマティクス・材料
材料が壊れるとき、ひびは「一番弱いキズ」から走り出す
目次
金属は曲がり、ガラスは割れる。その違いは原子の並びと「すべれるかどうか」にある。 このシミュレーション・シリーズの締めくくりに、材料が実際に壊れる瞬間を、原子の目線で覗いてみよう。融解・拡散に続く、3つめの基本現象=破壊だ。
引っぱって、壊してみた
下は、実際に走らせたシミュレーションだ。原子をきちんと並べた小さな結晶の板の、中ほどに、板幅のおよそ4割にわたる面状の切り欠き(き裂の種)を仕込んでおく。そして板の上下をつかんで、ゆっくり上下に引き裂いていく。 色は原子の“仲間の数”を表す。青はまわりを仲間に囲まれた内部の原子、赤は仲間を失った表面(=割れ口)の原子だ。
720原子・2D・レナード–ジョーンズ模型/実コードで生成(再現可能)。
最初、板は引っぱりに耐えて伸びる。原子の結合がバネのように踏ん張る。 だがある限界に達すると、キズの先端から、ひびが生まれる。そして一度走り出すと、止まらずに板を横切り、真っ二つに割れる。割れ口に並んだ原子は、仲間を失って赤く光る。ここでは単純に「走り抜けて割れる」と書いたが、ひびの伝わり方そのものは、原子スケールで見るともっと入り組んでいる。Abraham らの別のシミュレーションは、せん断で引き裂く場合に、走っているひびの先へ新しいひび(娘き裂)が生まれ、レイリー波速度を超えて伝わる様子を原子スケールで再現している。ただしこれは二つの結晶を貼り合わせた弱い界面に沿う条件での結果であり、いま見ている引き開き型の割れにそのまま当てはまる話ではない1。破壊の伝播は今も研究が続く現象だ。
仕組みを数式で書くとどうなるか(クリックで展開)
引き裂きの中身を式にするとこうなる。式はすべて、上のシミュレーションの実装そのままである(単位はレナード–ジョーンズの換算単位=、打ち切り距離 )。
- 原子間の力(レナード–ジョーンズ)。 距離 の2原子のエネルギー は反発の 乗と引力の 乗の差。力はその傾き で、これが結合の「バネ」の正体である。
- 引っぱる(把持と一定ひずみ速度)。 板の下端の2行は固定し、上端の2行を毎ステップ一定量 だけ持ち上げる。これが「ゆっくり一定の速さで引き裂く」の正体で、力ではなく位置で与える境界条件である(準静的=ゆっくり)。
- 動かす(Velocity–Verlet+粘性減衰)。 把持されていない内部の原子は、加速度 に速度に比例する抵抗 (粘性減衰)を加えて積分する。この減衰が熱を逃がして板を冷たく・脆く保つ。この扱いは融解デモの速度スケーリング(加熱)とは逆で、ここでは温めない。
- 割れ口を見つける(配位数)。 各原子について、最近接距離 の1.35倍以内にいる仲間の数 を数える( ではなく、第一近接だけを拾う短い半径である。このため内部で は6前後になる)。内部の原子は が大きく(青)、表面や新しい割れ口の原子は仲間を失って が小さい(赤)。色は強さではなく、このつながりの数を映している。
仕込んだキズ(き裂の種)は、その近くの原子の をあらかじめ下げておくことに等しい。引っぱると応力がその弱点に集中し、結合が次々と切れる。その結果、 の小さい赤い帯(=割れ口)が、キズから板を横切って走る。
急所は、「一番弱いキズ」だった
ここで一番大事なのは、ひびが“どこから”始まったかだ。 ひびが始まったのは、板のあちこちでも、たまたまの一点でもない。ひびはわざと仕込んだ切り欠きから始まった。そこが板の中で一番弱い場所だ。
これは偶然ではない。引っぱる力は、キズや角の先端に集中する(応力集中)。ただし破壊力学の出発点となった研究が示したのは、その先にあるもう一段だ。Griffith は、応力集中の倍率がキズの絶対的な大きさにほとんど依らないことを実測と計算の両方で確かめ、だからこそ「最大応力が限界を超えたら壊れる」という当時の仮説では、キズが小さいほど金属が繰り返し荷重に強くなるという実測を説明できないと結論した。彼が代わりに置いたのは、き裂が伸びるときに解放される弾性エネルギーと、新しくできる表面のエネルギーとを釣り合わせる基準である。Griffith はこの基準から、割れる応力がキズの大きさのおよそ平方根に反比例するという関係を導いた2。だから脆い材料は、全体の強さではなく、一番弱い欠陥のところから壊れる。実際 Griffith は、この欠陥さえ無くせれば実用材料の強度は少なくとも10〜20倍になりうると書いている2。同じ材料でも仕込まれる欠陥の大きさにはばらつきがあるため、脆い材料の強度そのものが「集団の中で一番弱い一点」で決まる統計的なばらつきを持つ、という「最弱リンク」の考え方は、Griffith より前からあり、のちに Weibull が確率分布として定式化した3。 ガラスは表面の見えない傷から割れる。ここではそれが原子の動きとして実際に起きている。Griffith 自身、引いたばかりのガラス繊維がきわめて強く、数時間かけて強度が落ちていくことを測っている2。破壊力学はこの平方根則を、き裂まわりの応力が引張で、かつ応力とキズ寸法の平方根の積が材料ごとの限界値を超えたときにだけき裂が育つ、という条件として書く4。この積を、Irwin は 1957 年にき裂先端の応力場を表す「応力拡大係数」として整理した5。
だからこそ、ものづくりはキズを異常に恐れる。
- 設計では、鋭い角(応力が集中する)を避け、丸みをつける。
- 製造では、表面の傷・内部の異物(介在物)を徹底的に減らす。
- 強化ガラスが割れにくいのは、表面を圧縮してキズからのひびが開くのを抑え込んでいるから4。ただしこれは、「一番弱い一点で決まる」という理屈を打ち消すわけではない。表面のキズが育たなくなる代わりに、内部に大きな引張をため込んでいるだけだ。そして圧縮層がひとたび破られると、その解放は局所的なひびでは済まない。強化ガラスは立方体状の小片に砕け、同じく外側を圧縮・内側を引張にしたガラス滴(プリンス・ルパートの滴)では、尾を折るだけで滴全体が粉になる4。
いつもの正直な注意
このシミュレーションにも、いつもの但し書きがつく。これは2次元の理想化で、原子どうしの力も単純なモデルだ。現実の破壊は3次元で、もっと多様な欠陥や、引っぱる速さ・温度の効果が絡む。だから、これは“なぜ・どこから壊れるか”の直感を与えてくれる試運転であって、現実の保証ではない。 最後は実験で確かめる。この姿勢は、融解でも拡散でも破壊でも変わらない。
シリーズを終えて
3回にわたって、原子の世界を計算で覗いてきた。融ける(固体→液体)、混ざる(拡散)、壊れる(破壊)。 どれも、原子一つひとつにニュートンの法則を当てて時間を進めるだけで、これだけ豊かな現象が再現できる。これが、材料を作る前に試運転する力だ。そして毎回最後に念を押したように、その力は「入れた物理の正しさ」と「実験での検証」に支えられて、はじめて意味を持つ。
このGIFは、実際に走らせた2次元分子動力学(720原子、三角格子のレナード–ジョーンズ結晶。左右は周期境界=端の自由表面の影響を消し、板の中ほどに“き裂の種”として面状に結合を切った欠陥を1つ仕込む。上下を把持してゆっくり引き離す=準静的、低温=脆性的、粘性減衰あり)の出力。決定論的(固定シード)。亀裂が必ずこの仕込んだ欠陥から開くことは、全行の開口量を測って確認している(最大開口=仕込んだ欠陥面、把持端ではない)。応力集中・欠陥起点の破壊・「最弱リンク」的な破壊は、破壊力学の標準的な知見。本シミュは2次元の理想化であり定性的な直感を与えるもの。
出典5件
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F. F. Abraham & H. Gao, “How Fast Can Cracks Propagate?,” Physical Review Letters 84, 3113 (2000)。原子スケールのシミュレーションで、モードII(せん断優位)のひびがレイリー波速度まで加速したのち、それを上回り縦波速度に達する「インターソニック(せん断波と縦波の速さのあいだ)の娘ひび」を生み出すことを示し、「ひびはレイリー速度を超えられない」という一般の通念を覆したと報告している。ただし「通念を覆した」は同論文自身の位置づけであって、せん断型でレイリー速度を超えうること自体は Burridge (1973)・Andrews (1976) が理論的に予言し、Rosakis らが同論文の投稿受付(1999年6月8日)より前に Science で実験観測していた(1999年5月21日)(いずれも同論文の参照文献)。この論文の寄与は、その予言どおりの「母き裂→娘き裂」の遷移を原子スケールで再現した点にある。この再現は、本稿の単純化した「走り抜けて割れる」という説明の裏に、伝播そのものが今も研究が続く入り組んだ物理があることを示す。 https://research.ibm.com/publications/how-fast-can-cracks-propagate ↩
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A. A. Griffith, “The Phenomena of Rupture and Flow in Solids,” Philosophical Transactions of the Royal Society A 221, 163–198 (1921)。破壊力学の出発点となった論文。応力集中そのものの計算は Griffith の仕事ではない。同論文 p.164 が
The stresses and strains due to typical scratches were calculated with the help of the mathematical work of Prof. C. E. Inglisと明記している(Inglis 1913)。Griffith の寄与は、その計算が示した「最大応力はキズの絶対寸法にほとんど依らない」(these maximum stresses and strains were to all intents and purposes independent of the absolute size of the scratches)という帰結から、最大応力仮説そのものを退けたことにある。同論文はshows that the ordinary hypotheses of rupture, as usually interpreted, are inapplicable to the present phenomena/In view of the inadequacy of the ordinary hypotheses, the problem of the rupture of elastic solids has been attacked from a new standpointと書いている。代わりに「最小エネルギーの定理」に表面エネルギーを加えた破壊基準を立て、そこから平方根則を導いた。 https://doi.org/10.1098/rsta.1921.0006 ↩ ↩2 ↩3 -
W. Weibull, “A Statistical Theory of the Strength of Materials,” Royal Inst for Eng Res, Stockholm 151, 1–45 (1939)。内容確認に用いたのは G. D. Quinn & J. B. Quinn, Dental Materials 26(2), 135–147 (2010)(リンク先)。脆い材料の強度は、材料中に散らばる欠陥のうち最も弱い一点によって決まるという「最弱リンク(weakest link)」理論を統計的に定式化した原典論文である。本稿の「一番弱い欠陥のところから壊れる」という主張を裏づける。理論そのものの起源は Griffith でも Weibull でもない。確認に用いた Quinn & Quinn のレビューは
is not recent. Leonardo DaVinci is reputed to have conducted tests circa 1500と遡らせ、Weibull の式をdirectly derived from weakest link theoryと位置づけたうえで、その理論は 1939 年の時点でwell-established by thenだったと書いている。 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3086645/ ↩ -
K. V. Cashman, E. J. Liu & A. C. Rust, “Prince Rupert’s Drops: An analysis of fragmentation by thermal stresses and quench granulation of glass and bubbly glass,” PNAS 119(31), e2202856119 (2022)。頭部が15kNの力に耐えること、尾部を折ると内部の引張応力が一気に解放され破壊の波が全体を砕くことを、先行研究(Chandrasekar & Chaudhri 1994 ほか)に基づく前提として導入部で整理している。この論文自身の寄与は破片サイズ分布と急冷造粒の解析のほうである。ここで引いたのはその前提部分で、「表面を圧縮すれば割れにくい」という本稿の主張の裏で、表面のキズが育たない代わりに内部に引張がたまっており、圧縮層が破られるとその解放が局所のひびでは済まないことを示す。強化ガラスそのものについてもこの論文は
Ordinary tempered glass breaks into cubesと書き、衝撃で入ったひびが圧縮層に入ると約1,500 m/s から 200〜300 m/s へ急減速する(crack propagation slows dramatically (from ∼1,500 m/s to 200 to 300 m/s) on entering the compressive surface layers)と、Chaudhri & Liangyi(Nature 320, 48–50, 1986)を引いて述べている。 https://doi.org/10.1073/pnas.2202856119 ↩ ↩2 ↩3 -
G. R. Irwin, “Analysis of Stresses and Strains Near the End of a Crack Traversing a Plate,” Journal of Applied Mechanics 24, 361–364 (1957)。き裂先端近くの応力場を、き裂を伸ばそうとする力の平方根に比例する一つのパラメータで表せることを示し、それを応力拡大係数と名づけた論文(要旨:
the other parameter, called the stress-intensity factor, is proportional to the square root of the force tending to cause crack extension)。本文の「応力とキズ寸法の平方根の積」はこの量の書き方の一つで、それを材料ごとの限界値と比べる形は上の Cashman らがthe product of the stress and the square root of the crack diameter exceeds a material-dependent critical parameterと要約している。 https://doi.org/10.1115/1.4011547 ↩
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