マテリアルズインフォマティクス・材料
金属はなぜ曲がり、ガラスはなぜ割れるのか
スプーンを強く曲げると、ぐにゃりと曲がって元に戻らない。でも割れはしない。 ガラスのコップを床に落とすと、曲がらずに——いきなり割れる。
どちらも硬くて冷たい固体なのに、壊れ方が正反対だ。 鍵は原子の並び方、そして今回はもう一歩進んで「どうずれるか」にある。
金属:原子の層が「すべる」から、曲がる
金属の中では、原子がきれいな格子に並んでいる。そして金属の結合は“方向にこだわらない”—— 電子が全体に薄く広がった「電子の海」が原子をつないでいる。
ここに力を加えると、原子の層と層が、相手を選ばずにずるっとすべる。 すべった先でまた別の原子と手をつなぎ直せるので、形が変わっても壊れない。これが「曲がる・へこむ・伸びる」の正体だ。
実際には、層が一斉にすべるのではなく、「転位(てんい、英: dislocation)」という列のズレが、ドミノのように少しずつ動いていく。この転位という考え方は、金属が理論上の強さよりも桁違いに小さな力で変形してしまうという当時の食い違いを説明するために提案されたものだ1。 だから金属は、見た目よりずっと小さな力で変形できる。針金が曲げられるのも、鉄が圧延で板になるのも、これのおかげだ。
ガラス:すべれないから、割れる
ガラスの中の原子は、金属と違ってバラバラの向きで、がっちりつながっている(規則正しい結晶ではなく、固まった液体のような“アモルファス”構造)。この、原子が規則正しい格子を作らず網目状につながっている、という描像は、対称性と周期性を欠く三次元の網目として1932年に提唱された2。 結晶のような規則正しいすべり面がなく、結合にも方向があるので、層がすべる道がない。
すべって逃がせない力は、どこへ行くか。いちばん弱い一点——表面の目に見えない傷に集中する。 そこからひびが一気に走り抜けて、割れる。曲がるという中間がない。これが「脆い(もろい)」ということだ。
面白い実例:溶けたガラスを水に落として作る「プリンス・ルパートの滴」は、頭をハンマーで叩いても割れないのに、細い尾をちょっと欠くと全体が爆発するように砕ける。表面に強い圧縮をかけて傷を抑え込んでいるからだ3。ただし、この圧縮は万能の守りではない——尾を折って圧縮の殻を破ると、閉じ込められていた内部の引張応力が一気に解放され、局所的なひびでは済まず全体が砕け散る。表面を圧縮する戦略には、破られたときに牙をむくという裏の顔がある。
なぜこの話が役に立つのか——「欠陥を制する者が材料を制する」
ここに、材料エンジニアリングの核心がある。強さも脆さも、原子そのものだけでなく「並びの乱れ=欠陥」が大きく左右している。
だから材料を強くする工夫は、ほとんどが欠陥のコントロールだ。
- 合金・加工硬化:金属にわざと不純物や乱れを入れて、転位が動きにくくする → 硬く・強くなる(やわらかい純鉄が、鋼になる)。
- 強化ガラス:表面をわざと圧縮しておく → 傷からのひびが開きにくい(スマホの画面が割れにくいのはこれ)。
そして「強い」と「割れにくい(粘り強い)」はしばしばトレードオフだ。ガラスは硬いが脆い。多くの金属は柔らかいが粘る。両方ほしい——この欲張りな注文に応えるために、人は原子の並びと欠陥を設計する。
ただし、「金属だからすべる・ガラスだから割れる」という対応は絶対ではない。同じ金属でも、原子の並びを結晶ではなく非晶質(アモルファス)に固めた「金属ガラス」は、転位が働く規則正しい格子を持たないため通常の金属のようにはすべれず、局所的な帯状のズレ(せん断帯)に頼るしかなく、引張ではほとんど延性を示さず、粘らずに突然破断する4。すべるか割れるかを分けているのは材質名ではなく、原子の並びと結合の性質だ。すべりやすさの条件は二つある——動かせるすべり面があること、そして結合が方向にこだわらないことだ。金属ガラスは前者だけを失った例で、結合は金属のままだが、すべる道がない。ふつうのガラスは両方を欠く——規則正しいすべり面がなく、しかも結合に方向がある。結晶でも、結合に方向があり、動かせるすべり面が少ないセラミックス(石英やアルミナ)は脆い。ただし、この二つだけで決まるわけでもない。同じ鋼でも、低温や衝撃のような速い負荷では、粘る側から割れる側へ回ることが知られている。
出典
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G. I. Taylor, “The Mechanism of Plastic Deformation of Crystals. Part I.—Theoretical,” Proceedings of the Royal Society A 145(855), 362–387 (1934)。Taylor は金属とロック塩の単結晶の塑性変形を、結晶面が滑るときの格子の乱れ(転位)から理論づけた——本稿の「転位のドミノ的なズレ」という描像の裏づけ。観測される降伏応力が理論強度より3〜4桁小さいという有名な開きは、この論文が扱う焼きなました単結晶についての値である。同じ1934年に Orowan(Z. Phys. 89, 634–659)と Polanyi(同 660–664)も独立に転位を提案しているが、三者同時提案という整理は後年の科学史によるもので、この論文自体の記述ではない。 https://doi.org/10.1098/rspa.1934.0106 ↩
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W. H. Zachariasen, “The Atomic Arrangement in Glass,” Journal of the American Chemical Society 54(10), 3841–3851 (1932)。ガラスの原子配列を、結晶のような周期的な格子ではなく「対称性と周期性を欠く、広がった三次元の網目」として捉える理論を提唱——本稿の「バラバラの向きでがっちりつながっている」という描像の裏づけ。ただし Zachariasen 自身は、原子間距離に下限があるため網目は “not entirely random”(完全にランダムではない)とも書いており、今日よく使う「連続ランダムネットワーク」という呼び名は後年の命名である。 https://doi.org/10.1021/ja01349a006 ↩
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K. V. Cashman, E. J. Liu & A. C. Rust, “Prince Rupert’s Drops: An analysis of fragmentation by thermal stresses and quench granulation of glass and bubbly glass,” PNAS 119(31), e2202856119 (2022)。頭部が15kNの力に耐えること、尾部を折ると破壊の波(ソーダ石灰ガラスで秒速1,700±100m)が走って全体が砕けることを、先行研究(Chandrasekar & Chaudhri 1994 ほか)に基づく前提として導入部で整理している——この論文自身の寄与は破片サイズ分布と急冷造粒の解析のほうである。ここで引いたのはその前提部分で、「表面を圧縮すれば割れにくい」という戦略の裏に、破られたときの正反対の顔があることを示す。 https://doi.org/10.1073/pnas.2202856119 ↩
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C. A. Schuh, T. C. Hufnagel & U. Ramamurty, “Mechanical Behavior of Amorphous Alloys,” Acta Materialia 55(12), 4067–4109 (2007)。非晶質(アモルファス)に固めた金属(金属ガラス)は、結晶金属と違って転位を持たず、局所的なせん断帯への変形集中を通じて破壊し、引張ではほぼ延性を示さないと報告——「金属だからすべる」という単純な対応が、結晶格子の有無によって崩れることを示す(本稿が当たった範囲では、この総説は非晶質合金を対象としており、結合の種類をまたぐ比較は扱っていない)。 https://doi.org/10.1016/j.actamat.2007.01.052 ↩
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