In Silico

マテリアルズインフォマティクス・材料

ダイヤモンドと鉛筆の芯は、同じ炭素なのになぜ正反対なのか

2026/6/21 (更新: 2026/9/5) シリーズ「原子の世界の歩き方」 第1回 / 全3回

目次

地球上で最も硬い天然の物質はダイヤモンドだ。ガラスを切り、岩を削る。 一方、鉛筆の芯は紙の上でほろほろと崩れ、指でこすれば真っ黒に汚れる。

このふたつ、材料としては正反対なのに、中身はまったく同じだと言ったら驚くだろうか。 どちらも、純粋な炭素(C)——ただそれだけでできている。混ぜ物の違いではない。

ではなぜ正反対になるのか。答えは、原子の「並べ方」だ。

※ 概念図(構造の対比・黒鉛は層を横から見た図) ダイヤモンド 立体的にがっちり結合 → 硬い・電気を通さない・透明 黒鉛(鉛筆の芯) 平らなシートが重なっただけ → やわらかい・すべる・電気を通す
同じ炭素原子でも、結合のしかたが違えば正反対の材料になる。黒鉛側は層を横から見た図なので、シート内の3本目の結合は紙面の奥にある。(動きはイメージ図)

「立体の網」か、「重なった紙」か

ダイヤモンドでは、ひとつの炭素がまわりの4つとがっちり手をつなぎ、それが立体的に途切れなく続く。この4本手のつなぎ方(正四面体状の配置)は、X線回折という手法でダイヤモンドの結晶構造が初めて解き明かされたときに示された、100年以上前から分かっている構造だ1。 全体がひとつの巨大な“立体の網”になっている。どこを押しても、力はネットワーク全体で受け止められる。 だから硬い。手をつなぐ相手に余りがないので電子は動けず、電気を通さず、光もすり抜けるので透明だ。

黒鉛では、ひとつの炭素は3つとしか手をつながない。すると原子は平らなシート状に並ぶ。 シートの中はとても丈夫なのに、シートとシートの間はほとんど“くっついていない”。 だから紙の上で軽くこするだけで、シートがぺりぺり剥がれて紙に移る——これが鉛筆で字が書ける理由だ。 余った電子がシートの上を自由に走れるので、電気も通す

材料がまるで違うのに、原料は1ミリも違わない。違うのは、並べ方だけ。

なぜこの話から始めるのか——「材料=並べ方」という見方

ここに、材料という分野のいちばん大事な発想が詰まっている。

材料の性質は、「何でできているか」だけでなく、「どう並んでいるか」で決まる。

この見方に立つと、「新しい材料を見つける」という仕事の正体が見えてくる。 それは、新しい元素を発見することではない。 手持ちの原子を、まだ誰も試していない“並べ方”で組み上げることだ。

そして並べ方の候補は、天文学的な数になる。人間が一つひとつ試すには多すぎる。 ——だからこそ、コンピュータで「並べ方」を探すという発想が出てくる。それが、このシリーズで次にたどる「マテリアルズインフォマティクス」の出発点だ。

ひとことで「マテリアルズインフォマティクス(MI)」と言っても、その射程はとても広い。材料データベースの整備から物性予測、新材料の探索まで、材料に情報技術を持ち込む営み全般を指す言葉だからだ。「広すぎる」という感覚は的外れではない——実際そう使われている。ただ、その広がりの中心には、材料そのものを数値の並び(記述子・フィンガープリント)として写し取り、そこから性質への対応を学ぶ、という一点がある2。この記事のダイヤモンドと黒鉛は、まさにその芯にあたる例だ。組成が同じ(どちらも炭素)でも、並べ方が違えば性質は正反対になる——つまり「炭素である」という情報だけでは性質は決まらず、原子の並べ方(構造)をどう数値で写し取るかが勝負になる。MIで材料を特徴量(記述子・フィンガープリント)として表現する工夫が積み重ねられてきたのは、この一点のためだ。その工夫のうち、原子1個ずつの環境を写し取る記述子は、この総説では新しい試みではなく、すでに確立した主流として扱われている。ダイヤモンドと黒鉛の対比は、組成だけでは性質が決まらないことを、いちばん極端なかたちで見せてくれる。実際この総説は、原子の並びを細かく写す記述子(SOAP)が別の研究で同素体の区別に使えたことを挙げている(示されている例はケイ素の原子環境の分類だ)——組成が同じものを見分けるのは、記述子に課される最初の関門なのだ2

ちなみに、黒鉛のシートを1枚だけはがし取ったものが、いま話題の「グラフェン」だ。 2004年に取り出され、その研究は2010年のノーベル物理学賞になった3。 鉛筆の芯の中に、ノーベル賞級の素材が層になって眠っていた——というのも、「並べ方がすべて」を物語っている。実際、選考機関のプレスリリースも、2人がふつうの鉛筆に入っているような黒鉛からグラフェンを取り出したと書いている3

(おまけの不思議:常温・常圧では、実は黒鉛のほうが“安定”な形とされ、ダイヤモンドはそちらへ戻ろうとする準安定な状態だ。ただし固体のまま結晶の形が変わるには大きなエネルギーの山を越えねばならず、常温ではその変化はほとんど進まない。炭素の圧力・温度と結晶形の対応関係(相図)を整理した総説も、固相変態の活性化エネルギーが高いために準安定な形が凍結したまま残りうる、という側を強調している4。「安定とは何に対してか」という話は、別シリーズ『凸包』で詳しく扱っている。)


出典4件
  1. W. H. Bragg & W. L. Bragg, “The Structure of the Diamond,” Proceedings of the Royal Society of London A 89(610), 277–291 (1913)。X線回折を使って、炭素原子が正四面体状に配置されるダイヤモンドの結晶構造を明らかにした論文。X線結晶構造解析が始まった最初の一年(1913年)に、息子 W. L. Bragg が岩塩などの構造を決めた単著論文(同巻 248–277 頁、DOI 10.1098/rspa.1913.0083)に続いて、父子連名で発表された一編である。なお Bragg 父子は、これに先立つ1913年7月31日付の Nature 91, 557 に同題の短報を出しており(DOI 10.1038/091557a0)、本稿はその完全版にあたる。 https://doi.org/10.1098/rspa.1913.0084

  2. マテリアルズインフォマティクス(MI)の枠組みと、構造・組成から性質を予測する「記述子(フィンガープリント)」の中心的な役割については、R. Ramprasad, R. Batra, G. Pilania, A. Mannodi-Kanakkithodi & C. Kim, “Machine learning in materials informatics: recent applications and prospects,” npj Computational Materials 3, 54 (2017) を参照。 https://www.nature.com/articles/s41524-017-0056-5 2

  3. グラフェンの分離と研究:A. K. Geim & K. S. Novoselov、2010年ノーベル物理学賞(The Nobel Prize in Physics 2010)。ダイヤモンド/黒鉛の構造と性質は標準的な固体化学・結晶学の知見による。2004年の分離そのものは受賞ページには書かれていないので、選考委員会の解説(in October 2004 … such a single layer could be isolated)と一般向け解説を併記する。「ふつうの鉛筆に入っているような黒鉛から取り出した」は、授賞を決めた王立スウェーデン科学アカデミーのプレスリリースにある(extracted the graphene from a piece of graphite such as is found in ordinary pencils)。 https://www.nobelprize.org/prizes/physics/2010/press-release/ https://www.nobelprize.org/prizes/physics/2010/ https://www.nobelprize.org/uploads/2018/06/advanced-physicsprize2010.pdf https://www.nobelprize.org/prizes/physics/2010/popular-information/ 2

  4. F. P. Bundy, W. A. Bassett, M. S. Weathers, R. J. Hemley, H. K. Mao & A. F. Goncharov, “The pressure-temperature phase and transformation diagram for carbon; updated through 1994,” Carbon 34(2), 141–153 (1996)。炭素の圧力・温度と、そこで安定な結晶形(黒鉛・ダイヤモンドなど)との対応関係を1994年までの知見で更新した総説。黒鉛・ダイヤモンド・液体・蒸気を炭素の主要な熱力学的安定形として扱い、固相変態の活性化エネルギーが高いために準安定な形が凍結して残りうることを強調している。 https://doi.org/10.1016/0008-6223(96)00170-4 ——ただしこの論文は購読誌で、読者が本文の相図を確かめられない。常圧側で安定なのが黒鉛だという点は、無料で読める次の論文でも確かめられる: S. Srinivasan, R. Batra, D. Luo, T. Loeffler ほか「Machine learning the metastable phase diagram of covalently bonded carbon」Nature Communications 13, 3251 (2022, CC BY 4.0)。この論文は自分の計算を実験の相図と突き合わせる場面で、As expected, from the experimental phase diagram … the cubic diamond phase is dominant at high pressure whereas graphite is more stable in the low-pressure region と書いている。低圧側で黒鉛が安定なのは、ここでは実験側の既知の事実として扱われている。続けて our predicted diamond-graphite phase boundary matches excellently with the experimental phase boundary と、計算した相境界が実験のそれと一致したことも報告している。 https://doi.org/10.1038/s41467-022-30820-8

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