マテリアルズインフォマティクス・材料
ダイヤモンドと鉛筆の芯は、同じ炭素なのになぜ正反対なのか
地球上で最も硬い天然の物質はダイヤモンドだ。ガラスを切り、岩を削る。 一方、鉛筆の芯は紙の上でほろほろと崩れ、指でこすれば真っ黒に汚れる。
このふたつ、材料としては正反対なのに、中身はまったく同じだと言ったら驚くだろうか。 どちらも、純粋な炭素(C)——ただそれだけでできている。混ぜ物の違いではない。
ではなぜ正反対になるのか。答えは、原子の「並べ方」だ。
「立体の網」か、「重なった紙」か
ダイヤモンドでは、ひとつの炭素がまわりの4つとがっちり手をつなぎ、それが立体的に途切れなく続く。この4本手のつなぎ方(正四面体状の配置)は、X線回折という手法でダイヤモンドの結晶構造が初めて解き明かされたときに示された、100年以上前から分かっている構造だ1。 全体がひとつの巨大な“立体の網”になっている。どこを押しても、力はネットワーク全体で受け止められる。 だから硬い。手をつなぐ相手に余りがないので電子は動けず、電気を通さず、光もすり抜けるので透明だ。
黒鉛では、ひとつの炭素は3つとしか手をつながない。すると原子は平らなシート状に並ぶ。 シートの中はとても丈夫なのに、シートとシートの間はほとんど“くっついていない”。 だから紙の上で軽くこするだけで、シートがぺりぺり剥がれて紙に移る——これが鉛筆で字が書ける理由だ。 余った電子がシートの上を自由に走れるので、電気も通す。
材料がまるで違うのに、原料は1ミリも違わない。違うのは、並べ方だけ。
なぜこの話から始めるのか——「材料=並べ方」という見方
ここに、材料という分野のいちばん大事な発想が詰まっている。
材料の性質は、「何でできているか」だけでなく、「どう並んでいるか」で決まる。
この見方に立つと、「新しい材料を見つける」という仕事の正体が見えてくる。 それは、新しい元素を発見することではない(実用になる元素はほぼ出尽くしている)。 手持ちの原子を、まだ誰も試していない“並べ方”で組み上げることだ。
そして並べ方の候補は、天文学的な数になる。人間が一つひとつ試すには多すぎる。 ——だからこそ、コンピュータで「並べ方」を探すという発想が出てくる。それが、このシリーズで次にたどる「マテリアルズインフォマティクス」の出発点だ。
ひとことで「マテリアルズインフォマティクス(MI)」と言っても、その射程はとても広い。材料データベースの整備から物性予測、新材料の探索まで、材料に情報技術を持ち込む営み全般を指す言葉だからだ。「広すぎる」という感覚は的外れではない——実際そう使われている。ただ、その広がりの中心には、データから「構造と性質の対応関係(structure–property relationship)」を学び取る、という一点がある2。この記事のダイヤモンドと黒鉛は、まさにその芯にあたる例だ。組成が同じ(どちらも炭素)でも、並べ方が違えば性質は正反対になる——つまり「炭素である」という情報だけでは性質は決まらず、原子の並べ方(構造)をどう数値で写し取るかが勝負になる。MIで材料を特徴量(記述子・フィンガープリント)として表現する工夫が積み重ねられてきたのは、この一点のためだ。ダイヤモンドと黒鉛の対比は、MIの芯にある「構造→性質」という問いを、いちばん極端なかたちで見せてくれる。
ちなみに、黒鉛のシートを1枚だけはがし取ったものが、いま話題の「グラフェン」だ。 2004年に取り出され、その研究は2010年のノーベル物理学賞になった3。 鉛筆の芯の中に、ノーベル賞級の素材が層になって眠っていた——というのも、「並べ方がすべて」を物語っている。
(おまけの不思議:常温・常圧では、実は黒鉛のほうが“安定”で、ダイヤモンドはゆっくり黒鉛に戻ろうとする準安定な状態だ——炭素の圧力・温度と安定な結晶形の対応関係(相図)を整理した研究でも、常温・常圧の領域で安定なのは黒鉛の側だと示されている4。「安定とは何に対してか」という話は、別シリーズ『凸包』で詳しく扱っている。)
出典
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W. H. Bragg & W. L. Bragg, “The Structure of the Diamond,” Proceedings of the Royal Society of London A 89(610), 277–291 (1913)。X線回折を使って、炭素原子が正四面体状に配置されるダイヤモンドの結晶構造を初めて明らかにした、結晶構造解析そのものの草分けとなる論文。 https://doi.org/10.1098/rspa.1913.0084 ↩
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マテリアルズインフォマティクス(MI)の枠組みと、構造・組成から性質を予測する「記述子(フィンガープリント)」の中心的な役割については、R. Ramprasad, R. Batra, G. Pilania, A. Mannodi-Kanakkithodi & C. Kim, “Machine learning in materials informatics: recent applications and prospects,” npj Computational Materials 3, 54 (2017) を参照。 https://www.nature.com/articles/s41524-017-0056-5 ↩
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グラフェンの分離と研究:A. K. Geim & K. S. Novoselov、2010年ノーベル物理学賞(The Nobel Prize in Physics 2010)。ダイヤモンド/黒鉛の構造と性質は標準的な固体化学・結晶学の知見による。 https://www.nobelprize.org/prizes/physics/2010/ ↩
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F. P. Bundy, W. A. Bassett, M. S. Weathers, R. J. Hemley, H. K. Mao & A. F. Goncharov, “The pressure-temperature phase and transformation diagram for carbon; updated through 1994,” Carbon 34(2), 141–153 (1996)。炭素の圧力・温度と、そこで安定な結晶形(黒鉛・ダイヤモンドなど)との対応関係を整理した相図研究で、常温・常圧の領域では黒鉛が熱力学的に安定な形であることを示す。 https://doi.org/10.1016/0008-6223(96)00170-4 ↩
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