マテリアルズインフォマティクス・材料
温度の正体は原子の運動——激しく揺れるほど熱い
目次
熱いお茶は熱く、氷は冷たい。これは誰でも知っている。 でも、原子の目線に降りていくと、「温度」とは一体何が起きている状態なのだろう。
答えは、拍子抜けするほど単純だ。
温度とは、原子がどれだけ激しく動いているかである。
熱い=原子が激しく揺れている。冷たい=原子があまり動いていない。それだけだ。 原子の「並び」や「ずれ」だけが材料の姿ではない。今回は、その原子たちがじっとしていないという話だ。
熱い・冷たいは「原子の運動の激しさ」
固体の中の原子は、決まった場所に並んではいるが、その場でずっと小刻みに震えている。 温めるとは、この震えにエネルギーを足すこと。だから熱いほど、原子は激しく揺れる。
「熱が高い方から低い方へ流れる」のも、これで腑に落ちる。激しく動く原子が、隣のおとなしい原子を小突いて、運動を分けてやる。バチンバチンとぶつかり合ううちに、全体の激しさが平らになる——それが「温度が等しくなる」だ。(この受け渡しが原子どうしの直接のやり取りで進むのは、セラミックスのような絶縁体の場合。金属では自由に動ける電子が運び手の主役を務めるが、激しさが平らになるという絵は変わらない。)
(余談だが、この「原子の運動の激しさ」という素朴な描像は、材料の原子(並進運動)にはよく当てはまるものの、温度の一般的な定義そのものではない。「負の温度」という状態を実際に作り出せるのは、取りうるエネルギーに上限のある系——向きの数が限られた原子核スピンのように、等間隔のエネルギー準位が有限個しかない系——に限られる。運動エネルギーのように上限のない自由度では、この状態は原理的に作れない。原子核スピンが追随できないほど急激に磁場の向きを反転させると、スピンの集団が新しい磁場と逆を向いたまま取り残される——1951年に報告された実験は、そう予想したうえで反転した磁化を記録している。この反転した状態こそが、正の無限大の温度よりもさらに「熱い」という奇妙なものであり、正の温度の相手に触れさせれば必ずエネルギーを渡す側にまわる1。日常の材料の話には出てこないが、「温度=運動の激しさ」がどこまでの近似かを知る手がかりにはなる。)
揺れが大きくなると、材料が変わる
原子の震えが大きくなると、目に見える性質が次々に変わる。
- 伸びる(熱膨張):原子どうしは近づく側では強く反発し、離れる側ではゆるくしか引き合わない。この非対称性のせいで、揺れが大きくなるほど平均の位置はわずかに外側へずれる——もし力が対称(調和的)だったなら、この熱膨張は起きないはずだ2。橋に伸縮継手が入っているのも、継目のあるレールにすき間があるのも、夏に伸びる分を逃がすためだ。ただし、これは多くの材料に当てはまる一般則であって普遍法則ではない——原子の結合角が曲がりやすいなど特定の構造条件を満たす一部の材料では、逆に温めると縮む「負の熱膨張」が起きる。構造がもっと単純なケイ素やゲルマニウムでも、低温域で同じ縮みが実測されている3。
- 溶ける(融解):融点が近づくにつれて、熱膨張そのものが加速していく2。揺れがある限界を超えると、原子は決まった場所に留まれなくなり、並びが崩れて自由に動き回る——これが液体だ。「融点」とは、その境目の温度。揺れの振幅で限界を測るこの見立ては「リンデマンの融解則」と呼ばれ、融点を Debye 温度と体積で結ぶその公式は、固体ヘリウムを Debye 温度が5倍になる圧縮域まで押し込んだ測定でも成り立った4。ただし同じ測定は、融点での振幅が一定ではなく低温側で古典値の3倍に達することも示しており、「振幅が限界に達すると溶ける」という素朴な論法のほうは、ヘリウムでは成り立たない4。
- 混ざる・しみ込む(拡散):熱いほど原子は活発に動くので、別の物質の中へもぐり込みやすくなる。金属を熱して性質を整える「熱処理」も、半導体に不純物をしみ込ませる工程も、この“熱で活発になった原子の移動”を使っている。
逆に、冷たさとは運動が乏しい状態だ。極限まで冷やした「絶対零度(−273.15℃)」は、原子の運動がこれ以上は減らせない底——とされる。 (厳密には、量子力学のせいで完全には止まらない“ゼロ点振動”が残る。が、その話はまた別の機会に——と言いたいところだが、実例が一つある。ヘリウムは原子同士を引き合う力がとても弱く、しかも原子そのものが軽い。ゼロ点振動の大きさは原子が軽いほど大きくなるので、弱い引力と大きなゼロ点振動が重なって、絶対零度まで冷やしても自分では固体になれない。他の希ガスで同じことが起きないのは、この二つが同時に極端なのがヘリウムだけだからだ。圧力をかけて無理やり原子を近づけない限り、液体のまま——という測定が古くから知られている4。)
なぜこの話が効いてくるのか
ここまでの3回で、材料を見る3つの目線が揃った。並び(ダイヤvs黒鉛)、ずれ(金属とガラス)、そして揺れ(温度)。 材料で起きることの多くは、この3つの組み合わせで説明できる。
そして「揺れ」を知ると、ひとつの強力な発想にたどり着く。 原子が震え、ぶつかり、場所を変える——この動きが運動の法則(ニュートン)に従うなら、コンピュータでその動きを一歩ずつ計算して、材料の中で何が起きるかを“覗ける”のではないか? それが「分子動力学」だ。温度を上げたら本当に溶けるのか、ひびはどう走るのか——画面の中で原子を実際に踊らせて、確かめにいける。
温度=粒子の平均運動エネルギー、熱膨張・融解・拡散の温度依存、絶対零度とゼロ点エネルギーは、いずれも標準的な熱力学・統計力学・固体物理の知見に基づく。熱伝導の担い手(絶縁体では格子振動、金属では電子)と、ヘリウムが常圧で固化しない理由(軽い質量と弱い分散力の重なり)も同様である。
出典4件
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E. M. Purcell & R. V. Pound, “A Nuclear Spin System at Negative Temperature,” Physical Review 81, 279–280 (1951)。フッ化リチウム結晶中のリチウム7原子核のスピンの分布を、磁場を急反転させて人為的に反転させ、反転した磁化が時定数5分ほどで平衡へ戻る過程を記録した実験。負の温度が割り当てられているのは結晶そのものではなく核スピン系である(逐語
The state of spin system just after this treatment is thought to be properly described by a negative spin temperature)。成立条件も原典が明示している——逐語the most probable distribution of systems over a finite number of equally spaced energy levels, holding the total energy constant, is the Boltzmann distribution with either positive or negative temperature determined by whether the average energy per system is smaller or larger, respectively, than the mid-energy of the available levels。準位が有限個である=エネルギーに上限があることが効いており、ここが「温度=原子の運動の激しさ」がどこまでの近似かの境目になる。「熱い」の中身も原典の言葉である——逐語A system in a negative temperature state is not cold, but very hot, giving up energy to any system at positive temperature put into contact with it. It decays to a normal state through infinite temperature.。なお、上限のない並進運動の運動エネルギーで負の温度が作れないのはこの条件の裏返し(標準的な帰結)だが、原典自身がそう書いているわけではない。 https://doi.org/10.1103/PhysRev.81.279 ↩ -
V. A. Drebushchak, “Thermal expansion of solids: review on theories,” Journal of Thermal Analysis and Calorimetry 142, 1097–1113 (2020)。熱膨張の理論を整理した総説。要旨は5系統の導出(原子振動の非調和性/格子動力学/Mie の状態方程式/Grüneisen の状態方程式/原子間相互作用ポテンシャル)を並べ、逐語
Only the last theory in this list provides us with the equation describing correctly all features in the thermal expansion: (1) proportionality between thermal expansion and heat capacity; (2) various values of “plateau” for the coefficient of thermal expansion at temperatures close to Debye temperature; and (3) acceleration of the thermal expansion in the vicinity of melting point——熱膨張の全特徴を正しく記述できるのは最後の原子間相互作用ポテンシャルによる導出だけだと結論し、その「全特徴」の中身として、熱容量との比例・Debye 温度付近での「踊り場」・融点近傍での熱膨張の加速の3つを挙げている。本文の「近づく側では強く反発し、離れる側ではゆるくしか引き合わない」はそのポテンシャル描像にあたる。なお「対称(調和的)な力では熱膨張が起きない」ことを正面から扱っているのは、別の査読誌のほうだ。G. Luchi, L. Heidemann & S. Prado, “Why do things expand on heating? A discussion on the need for asymmetric potentials to understand thermal expansion,” Physics Education 59, 065019 (2024)。逐語demonstrating the inadequacy of the harmonic oscillator model in explaining thermal expansion and introducing the necessity of employing asymmetric potentials。いずれも確認できたのは抄録までで、両誌とも本文は購読制。 https://link.springer.com/article/10.1007/s10973-020-09370-y https://doi.org/10.1088/1361-6552/ad756a ↩ ↩2 -
J. T. Schick & A. M. Rappe, “Classical model of negative thermal expansion in solids with expanding bonds,” Physical Review B 93, 214304 (2016)(プレプリント: arXiv:1604.07785)。原子の配位数が低く結合角を曲げるエネルギーが結合を伸縮させるエネルギーより十分小さい、という条件を満たす一部の構造では、温めると縮む「負の熱膨張」が起こりうることを理論モデルで示す——熱膨張が普遍法則でなく多くの材料に当てはまる一般則であることを示す。同論文の序論は実測例も挙げており、逐語
Materials with simpler structure also exhibit NTE. For example, ranges of NTE are experimentally observed in diamond/zincblende structured materials Si, Ge, GaAs, GaSb, InAs, and InSb。その測定の原典は P. W. Sparks & C. A. Swenson, “Thermal Expansions from 2 to 40°K of Ge, Si, and Four III-V Compounds,” Physical Review 163, 779–790 (1967)。この測定論文は本文まで取得できた。要旨が述べるところでは、最も低温側では膨張係数が正のままで、そこから温度が上がると負に転じる——同論文の Table II によれば、Ge は 14〜16 K の間、Si は 18〜20 K の間で符号が負に転じ、そこから 40 K まで縮みが続く。 https://arxiv.org/abs/1604.07785 https://doi.org/10.1103/PhysRev.163.779 ↩ -
J. S. Dugdale & F. E. Simon, “Thermodynamic properties and melting of solid helium,” Proceedings of the Royal Society A 218, 291–310 (1953)。固体ヘリウムの熱力学量と融解を測った古典的な研究で、測定範囲は逐語
at temperatures from 4 to 26° K。本文の「絶対零度でも圧力なしには固化しない」を直接支えるのは、絶対零度近傍を扱った F. E. Simon & C. A. Swenson, “The Liquid–Solid Transition in Helium Near Absolute Zero,” Nature 165, 829–831 (1950) のほうである。同レターは冒頭で理由も与えている——逐語The properties of helium are profoundly affected by the zero point energy as a consequence of a combination of low atomic weight and weak interatomic forces(archive.org の Nature 165 号スキャンで全文を確認)。同 1953 年論文は、ゼロ点エネルギーを 9/8Rθ と見積もると絶対零度の内部エネルギーが理論値と一致し、圧縮で Debye θ が5倍になる範囲でリンデマンの融解公式を検定して定数 c がほぼ一定(θ=110〜32 K で c=95〜102)であることを示した(逐語The formula was found to fit the experimental data satisfactorily, although the value of the constant in it differed somewhat from the classical value)。ただし原典は本文 §(d) で続けて、融点での原子の振幅は一定ではなく最低温側で古典値の3倍に達するとして、逐語the original semi-empirical argument of Lindemann breaks down for solid helium, even though the melting formula itself remains valid with a somewhat different value for the constant cと書いている(p.307)。定数の「ずれ」の中身は Table 8 で、He の c=99 に対し Ar・Kr・Xe は 162〜164。 https://doi.org/10.1038/165829a0 https://doi.org/10.1098/rspa.1953.0105 ↩ ↩2 ↩3
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