In Silico

マテリアルズインフォマティクス・材料

組み合わせ爆発。材料の候補は天文学的で全部は試せない

2026/6/26 (更新: 2026/9/30) シリーズ「コンピュータで材料を探す」 第1回 / 全4回

目次

材料には、ひとつの根本的な見方がある。 材料の性質は、「何でできているか」と「どう並んでいるか」で決まる。

ならば話は簡単に思える。ありうる組み合わせを片っぱしから作って、試せばいい。 あとは、いちばん成績の良かったものを選ぶだけだ。

以下では、この素朴な作戦が現実には絶望的である理由を、数を数えて確かめる。

元素を選ぶだけで、もう手に負えない

材料に使える元素の目安として、周期表で安定な元素(安定同位体を1つ以上もつ元素)を数えると80種類になる1。 材料は普通、それらを組み合わせて作る。では「どの元素を混ぜるか」を選ぶ場合の数はいくつになるか。

⚠ 概念図:棒の長さは実比率ではない 80種類から「混ぜる元素」を選ぶ組み合わせ 2元素 約 3,200 通り 3元素 約 8万 通り 4元素 約 160万 通り 5元素 約 2,400万 通り(5元素を選ぶだけで) さらに ×(混ぜる比率)×(原子の並べ方) = 天文学的な数。作って試し切れる量ではない。
「どの元素を混ぜるか」を選ぶだけで爆発する。比率と並べ方を掛けると、数は文字どおり天文学的になる。
数値は C(80,k) の厳密計算だが、棒の長さは圧縮した目盛りで、値にも対数にも比例していない。(作図:AI)

「混ぜる元素を選ぶ」だけの場合の数を数えると、次のようになる。

そして、これはまだ「どの元素か」を選んだだけだ。実際の材料は、ここに

が掛け算で乗ってくる。候補の数は、あっという間に天文学的になる。 (参考までに、炭素・窒素・酸素・硫黄で最大30原子までの分子に限っても、種類は 10の60乗 を超えると見積もられている2。無機材料も、桁こそ違えど「数え切れない」点は同じだ。)

作って試すのは、絶望的に遅い

数が多いだけなら、速く試せばいい。だが現実の実験は遅い。 ひとつの材料を合成し、結晶を整え、性質を測る。この手順で一つずつ作って確かめるやり方では、どんなに急いでも一日に数えるほどしか進まない。 仮に1時間に1個試せても、1年で約 8,760個。160万通りを試すだけで 約180年かかる。比率や構造まで入れたら、宇宙の年齢でも足りない。

実際、人類がこれまでに実験で結晶構造を決めてきた物質を集めた無機結晶構造データベース(ICSD)でも、実験由来の登録は30万件弱の規模だ3。ありうる空間の、ごくごく一部しか、私たちはまだ覗いていない。

だから「賢く探す」ことが、このシリーズのテーマになる

ここで詰まる。全部は試せない。でも、宝はどこかにある。

この行き詰まりを破るのが、コンピュータの役割だ。やることは大きく2つ。

  1. 作る前に、計算で“当たり”を絞る。物理法則やデータから「これは良さそう/ダメそう」を予測し、実験する候補を一気に減らす。公開データベースは、この計算(DFT)による物性の先読みを蓄積したものだ4。近年ではこれを深層学習と組み合わせ、それまでの研究を基準にすれば安定と言える構造を220万個規模まで洗い出した例も報告されている(うち38万1000件が、更新後の凸包の上に残る新規材料とされた)5。さらに著者らは、この手法が訓練データに無かった5元素以上の構造でも当てられたと報告している。5元素以上は、先ほど数えた爆発する領域にあたる5。

    絞り込み役のモデルどうしを同じ土俵で比べるには、共通のテストセットが要る。それを用意したのが Matbench Discovery である。ここでいう適合率(precision)とは、「安定」と予測した候補のうち、本当にDFTでも安定だった割合のことだ。誤検出が出る理由も、同じフレームワークが説明している。凸包から 0 eV/atom という判定境界のすぐ近くでは、エネルギーの回帰精度が高いモデルでも偽陽性が出やすいのだという6。Matbench Discoveryのリーダーボードでは、上位の PET-OAM-XL などが0.93前後に達する。一方、以後の再提出がない2023年提出のCHGNetの登録では0.51にとどまる。「安定」と予測した候補の半分近くが誤検出である6。どのモデルを絞り込み役に据えるかで、次のDFT計算に回る候補のうち誤検出の割合は数倍変わる。

    さらに、「精密な」計算段階として使われるDFTも、公開データベースの多くが土台にするGGA(PBE)レベルでは実験値から系統的にずれる。経験補正をかける前の素の値で、ずれは生成エネルギーで平均 +131 meV/atom、平均絶対誤差は約 160 meV/atom と報告されている。公開データベースが出しているのは経験補正をかけた値だが、その補正でも平均絶対誤差は約150から約100 meV/atomへ縮むにとどまる。同じ GGA の中で汎関数を替えても、ずれは縮まない。原典は素の PBE と素の PBEsol が同程度に悪いと書いている。縮めているのは、一段上のメタGGA(r²SCAN)の水準で学習した基盤 MLIP でエネルギーを計算し直すことのほうだ。原典はこれを、データベース全体をメタGGAで計算し直す代わりの手として置いている。それでも、絞り込みの各段階がどれも近似にとどまることに変わりはない7。

  2. 賢く次の一手を選ぶ。闇雲ではなく、「次にどれを試すと一番学べるか」を選んでいく。GNoME の220万個も、一括で当てたのではなく、6ラウンドの能動学習を回した結果だ。モデルで絞った候補のエネルギーを DFT で計算し、その結果を次のラウンドの訓練データに戻す。当たりの割合は構造・組成それぞれ6%未満/3%未満から始まり、反復のたびに上がって最終的に構造から出発した場合で80%超、組成だけから出発した場合は1組成あたり100構造を試して33%超に達したと報告されている5。反復そのものが効いている。ただしこの「当たりの割合」は、GNoME が自分で作った候補集合に対する値で、上の Matbench Discovery のような共通のテストセットで測った値ではない。

こうして「材料を、情報と計算の力で探す」流れは、しばしば「マテリアルズインフォマティクス」と呼ばれる。ただしこの言葉が指す範囲は広く、人によって使い方も違う。本稿が見たのは、“計算で候補を絞り込む”その入り口にとどまる。


出典7件
  1. 安定同位体を1つ以上もつ元素の数。逐語 Of the known chemical elements, 80 elements have at least one stable nuclide.、その安定核種は逐語 251 nuclides that have not been shown to decay using current equipment(Wikipedia “Stable isotope”)。本文はこの数を探索範囲の大まかな目安として使う。組み合わせ数 C(80,k) は初等的な計算による。 https://en.wikipedia.org/wiki/Stable_isotope ↩

  2. 炭素・窒素・酸素・硫黄で最大30原子までの分子の数を10^60超とする見積もりは、Bohacek et al. (1996) 以来よく引用される代表的な推計(桁の目安として)。リンク先は購読者向けで、本稿からは本文に到達できていない(403)。書誌は Med. Res. Rev. 16(1), 3–50 (1996)、著者 R. S. Bohacek, C. McMartin, W. C. Guida、PubMed 8788213 まで照合済みで、未確認なのは本文中の当該数値である。条件つきの再掲は、オープンアクセスの総説から確かめられる: Del Moral-Morales ら, J. Comput. Aided Mol. Des. 40(1) (2026), doi:10.1007/s10822-026-00850-1(逐語 the number of molecules containing up to 30 atoms of C, N, O or S are likely more than 10 60)。 https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/(SICI)1098-1128(199601)16:1%3C3::AID-MED1%3E3.0.CO;2-6 ↩

  3. 「実験で結晶構造を決めた」規模の代表がICSD(無機結晶構造データベース)。公式の集計ページはリリース 2026.1 について逐語 Entries: 335,032 / Theoretical structures: 35,221 と記す。総登録には理論構造が約1割含まれるので、実験で測定・登録された分はおよそ 30 万件(335,032 − 35,221 = 299,811)である。本文の「30万件弱」はこの実験由来の側を指す。同じ頁は内訳として Fully determined: 272,296 と Derived Coordinates: 27,515 を挙げており、両者の和が 299,811 に一致する。有機金属構造(Metal-organic structures: 53,867)も同じ頁の集計に含まれる。なお計算主体のMaterials Projectも同じ十万件台の規模だが、こちらはDFT計算による予測構造(未合成のものを多く含む)なので「実験で決めた」数ではない。実際、Materials Project 自身が2026年6月に公開した版で GNoME 由来の構造を新たに 74,052 件取り込み、累計 11.7 万件に達したと公式の更新履歴に記している(This brings the total to 117k GNoME materials)。「実験由来のDB」と「計算由来のDB」の境目は、すでに曖昧になりつつある。いずれも「ありうる空間」に比べればごく一部。 https://icsd.products.fiz-karlsruhe.de/en/about/about-icsd(検索インターフェース icsd.fiz-karlsruhe.de はログイン画面で件数を載せていないため、集計ページを指す)。Materials Project 側の件数と GNoME 取り込みは公式の更新履歴 v2026.04.13(2026年6月8日公開)による: https://docs.materialsproject.org/changes/database-versions ↩

  4. A. Jain, S. P. Ong, G. Hautier ら, “Commentary: The Materials Project: A materials genome approach to accelerating materials innovation,” APL Materials 1(1), 011002 (2013)。密度汎関数理論(DFT)計算によって既知の無機材料の物性を先読みし公開データベースとして蓄積する取り組みを報告した。本稿の「計算で当たりを絞る」という主張の裏づけである。ただしこの2013年の論文が扱うのは既知の材料である。要旨は逐語 uses high-throughput computing to uncover the properties of all known inorganic materials とし、仮想材料の設計は逐語 Future efforts will enable users to perform ''rapid-prototyping'' of new materials in silico =今後の課題として挙げられている。 https://doi.org/10.1063/1.4812323 ↩

  5. A. Merchant ら, “Scaling deep learning for materials discovery,” Nature 624, 80–85 (2023)。深層学習(GNoME)により、先行研究(Materials Project)を基準にすれば安定な構造を220万個見つけ、うち38万1000件が更新後の凸包の上に残る新規材料だと報告した。同論文は、GNoME 自身が Materials Project と OQMD の「安定」材料を 5,000件以上凸包から追い落としたとも書いている(逐語 GNoME displaces at least 5,000 "stable" materials from the Materials Project and the OQMD)。安定判定は更新される暫定値であり、本文の「絞り込みの各段階は近似にとどまる」を同じ出典の内側から裏づける。また要旨は Of the stable structures, 736 have already been independently experimentally realized と書くが、Methods を読むと実体は ICSD に集積された実験構造との一致が736件である。Methods はそのうち 184 of these structures correspond to novel discoveries since the start of the project と書く。736件すべてが GNoME の予測を受けて新たに合成されたわけではない。38万1000は220万の部分集合である。原典の逐語は GNoME models found 2.2 million crystal structures stable with respect to the Materials Project. Of these, 381,000 entries live on the updated convex hull as newly discovered materials。絞り込みが二段になっているのは、原典が逐語 Given that discovered materials compete for stability と書くとおり、新しい発見どうしが競合して凸包が引き直されるためだ。計算による絞り込みが実際に大規模に機能した実例。ただし、この成果を新材料の発見として読むことには、実験の材料化学者から公刊の批判がある。Cheetham と Seshadri は新材料の無作為な小標本を詳しく調べ、逐語 unfortunately finding scant evidence for compounds that fulfill the trifecta of novelty, credibility, and utility と書いた(Chem. Mater. 36, 3490–3495 (2024), https://doi.org/10.1021/acs.chemmater.4c00643)。5元素以上については逐語で GNoME enables accurate predictions of structures with 5+ unique elements (despite omission from training), providing one of the first strategies to efficiently explore this chemical space と述べている。当たりの割合の改善は先行研究比でもあり、原典は compared with 1% in previous work と書く。 https://www.nature.com/articles/s41586-023-06735-9 ↩ ↩2 ↩3

  6. J. Riebesell ら, “A framework to evaluate machine learning crystal stability predictions,” Nature Machine Intelligence 7, 836–847 (2025), https://doi.org/10.1038/s42256-025-01055-1(プレプリント arXiv:2308.14920)。同フレームワークが継続的に更新・公開しているリーダーボードの2026年8月2日時点(掲載42モデル)では、総合スコア(CPS)上位のモデルは適合率でも0.93前後に達する(TECE-OAM-RRA-1.0 0.928、EquFlashV2 0.928、EquiformerV3+DeNS-OAM 0.928)。表の順位は CPS 順であって適合率順ではない。適合率だけで見た最上位は PET-OAM-XL の 0.929 である。テストセットは同サイト既定の Unique Prototypes(もう一方の Full Test Set では値が変わる)。一方、本文で引いたCHGNetは登録日が 2023-03-03 のままで以後の再提出がなく 0.514、42モデル中41位である。「安定」と予測した候補の半分近くが、DFTでは安定でない誤検出だった。誤検出のリスクは残るが、その大きさはモデル世代によって大きく違う。テストセットは WBM の unique protostructures 215,488件で、うち MP 訓練集合の凸包の上に乗るか、それより下にある(原典の定義で「安定」な)ものは32,942件(約15.3%)である。 https://matbench-discovery.materialsproject.org/ ↩ ↩2

  7. T. Reents, M. Bercx, G. Pizzi, “Correcting DFT formation energies towards experimental accuracy using foundational MLIPs and latent-feature delta-learning,” arXiv:2607.18092 (2026)。GGA(PBE)の生成エネルギーが実験値を系統的に過大評価すること(逐語 systematic overestimation by GGA formation energies、純 PBE で +131 meV/atom。MAE は散文では >170 meV/atom とまとめられるが、図の値は純 PBE 158・純 PBEsol 172 で、別の箇所では approximately 160 meV/atom typical of uncorrected GGA と書く)を示し、これらは経験補正をかける前の値で、原典は While the corrected values are those exposed via public interfaces と断り、経験補正(FERE)は MAE を approximately 150 to 100 meV/atom へ縮めると書く。その誤差を機械学習で補正する手法を提案。r²SCAN 学習の基盤 MLIP で MAE を more than 40% relative to GGA 削減し、delta-learning でさらに below 50 meV/atom=comparable with the experimental uncertainty itself まで縮めたと報告する。ずれは DFT 一般の性質ではなく汎関数の階層に依存する(GGA どうしの差ではない)。同論文は For PBEsol, the bias vanishes entirely (ME = 0 meV/atom) とも書いている。原典は逐語で PBE and PBEsol perform similarly poorly on this subset と述べ、さらに This confirms—and extends to fMLIPs—the established practice of pairing PBEsol geometries with meta-GGA energies と書いている(∴ PBEsol は構造の供給元であって、エネルギーを直す側ではない)。 https://arxiv.org/abs/2607.18092 ↩

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