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AI・信頼性・評価

AIエージェントが長い作業で脆いのは、成功率が掛け算だから

2026/6/21 (更新: 2026/9/15) シリーズ「AIエージェントは、実際どう動くのか」 第4回 / 全4回

目次

エージェントは「ループ」「ハーネス」「コンテキスト」で動く。仕組みとしては、これで十分だ。デモを見れば、まるで万能の助手に見える。 だが——デモは魔法のようなのに、実際の長い仕事に乗せると、ぼろぼろ崩れる。これがエージェントの最大の現実である。その正体を、数字で示す。

正体は、製造業とまったく同じ「掛け算」

理由は、賢さの不足だけではない。掛け算である。 エージェントは、考える→動く→観察するを、何十回も繰り返す。仮に各ステップが95%の確率で成功する、優秀なエージェントを考えよう。各ステップの成否が独立で、確率がずっと一定で、しかも途中で自分では気づいて直さない——出典が置くこの三つを仮定して初めて、下の掛け算が成り立つ(出典自身、これは見通しをよくするための近似で、実測では1ステップの精度は一定にならないと断っている)1。一見、頼もしい数字だ。でも——

各ステップ95%でも、20回つなぐと、成功率は4割を切る。これは、製造業でいう「歩留まり」とまったく同じ数学である。1000工程の半導体が、各工程の小さな不良率で全体が崩れるように、長いエージェントの連鎖も、各ステップの小さな失敗が掛け算で積み上がって崩れる。途中に検証や誤り回復を挟まず一直線に走らせる限り、長く動かすほど確実に崩れるのだ(逆に言えば、この掛け算こそが設計で崩せる的だ——後述する)。

⚠ 概念図:実データではない 成功率 =(1ステップの成功率)の ステップ数乗 (各ステップが独立・確率が一定・誤り回復なし、と置いた場合) 100%0 ステップ数 →(0 〜 30) 10ステップ→約60% 20ステップ→約36% 99% → 約74% 95% → 約21% 90% → 約4% (青=各ステップ95%。1ステップの差が、連鎖の成否を決める)
各ステップ95%でも、10ステップで約60%、20ステップで約36%。99%なら30ステップでも約74%、90%なら約4%。1ステップの確かさが、長い連鎖の成否を分ける。

しかも、現実は「掛け算」より悪い

話はもっと厳しい。実際のエージェントの失敗は、単純な掛け算よりも速く崩れる。理由は、失敗が次の失敗を呼ぶから。 一度まちがった行動をとると、その誤りが文脈という“机”に残り、それを見たAIは、さらにまちがえやすくなる。Sinha らの2025年の研究は、これを「自己条件付け(self-conditioning)」と呼び、長い実行で精度が落ちる主因は推論能力の限界ではなく“実行”でのつまずきにある、と報告している1。一歩のミスが、雪だるま式に効いてくる。ただし同じ論文は、その先も測っている。 最近の thinking 系モデルでは、この自己条件付けが大きく緩む(抄録の語は thinking mitigates self-conditioning)。貢献節はより強く recent thinking models are not affected by prior mistakes, fixing the self-conditioning effect と書く。ただし誤りを混ぜた対照実験にかけられたのは Qwen3 の thinking 版で、思考の連鎖を書かせるだけでは解消しない。別の実験では、GPT-5 の thinking が単一の実行で2100手を超えた——次点の Claude-4 Sonnet は432手だ1。つまずきが雪だるまになるのは実装と世代に依存する性質であって、避けられない宿命ではない。

数字で見る「脆さ」——本番の自律完遂は、まだ難しい

現実的なタスクのベンチマーク(評価)を見る。 登場直後(2023年)の数字は厳しいものだった——WebArena(実際のウェブ操作)は、人間が約78%こなすところ、最良のエージェントが約14%2GAIA(一般的なアシスタント課題)は、人間92%に対し約15%——ただしこの15%は、人が問いごとに道具を選んだうえでの、論文自身が再現できない上振れ推定だと断った値だ。道具選びまで自律化した AutoGPT-4 は約4.7%にとどまる3。 では、もっと現実に近い「自律的な仕事」はどうか。2024年末に公開された手強いベンチマーク TheAgentCompany(模擬的な会社業務175課題)では、論文が試した12モデルのうち最良だった Gemini 2.5 Pro でも、自律で完全に終えられたのは30.3%だった4。ベンチマークは2024年末のものだが、この数字はその約3ヶ月後に公開された Gemini 2.5 Proのものである。しかも原典は、この課題集合が自動採点の都合で実務より単純な側に寄っていると自ら断っている(逐語 our tasks are generally on the more straightforward side)——30.3% は、易しめに測ってこの水準ということだ。単発のタスクはこなせても、現実の多段の業務を、人手を借りずに最後まで通すのは、まだ難しい——これが「デモは凄いが実用は脆い」の、いまの正直な姿だ。

それでも、伸びは本物だ——「脆いが、速い」

ここで絶望するのは早い。掛け算は残酷だが、裏を返せば——各ステップの成功率がほんの少し上がるだけで、こなせるタスクの長さは爆発的に伸びる——出典が Proposition 1 の直後で使う言葉では双曲的に、である1。出典の式 ln(s)÷ln(p) に成功率 s=50%(p は1ステップの成功率)を入れると、95%で13.5ステップ、99%で69ステップ、99.9%で693ステップ。1に近づくほど加速する。次段の METR「50%の信頼性」と同じ物差しである。事実、ベンチマークの成績はこの1〜2年で大きく伸びた(WebArena は2025年に61.7%の報告がある——ただし IBM が自社エージェントについて出した査読前のレポートで、ベンチマークの部分集合を広げながら調整を重ねた末の値だ2)。ただしこの手の数字の読み方には、すぐあとで注釈が要る。 より長期の傾向としては、METR が「(ソフトウェア開発タスクで)50%の信頼性でこなせるタスクの長さ」を継続的に計測している。それは倍々で伸びてきた——当初 METR は通算(2019〜2025年)で約7ヶ月ごとの倍化と報告した。2026年の改訂でも通算はほぼ変わらないが、区間を切ると短くなる——2023年以降は約4ヶ月(165→131日)、2024年以降は約3ヶ月(109→89日)と、近年に限れば倍化は加速している5。「脆いが、急速に伸びている」が、いちばん正直な現在地だ。 (ただし、この傾向を「数年で月単位の仕事を自動化」と外挿する予測には、もっともな批判もある。傾向は事実、外挿は議論中、と分けて見るべきだ5。)

ただし、その数字も「測り方」しだいで動く

ここまで挙げた数字すべてに、一つ注釈が要る。プリンストン大学の Kapoor らは “AI Agents That Matter” で、エージェント評価そのものの欠陥を指摘している6コード生成(HumanEval)では、作り込んだエージェントが単純なベースライン——再試行、温度を上げながらの再試行、モデルの段階的な切り替え——を上回っていない。精度に有意差がない。最も高価な構成はベースラインの50倍以上のコストがかかる。 加えて、多くのエージェント評価には保留集合が置かれておらず、その結果エージェントはベンチマーク向けの近道を覚えて過適合する(著者らの語で fragile)とも指摘する。結果が再現できないこと、コストを無視して精度だけを競っていることも挙げる。つまり、ベンチマークの成績は評価の足場しだいで動く。「すごい」と言われる成績ほど、条件を確かめてから受け取るべきだ

そして同じ論文は、WebArena を名指しでケーススタディに取り上げている6。当時のリーダーボード首位 STeP の精度は35.8%——2位に10ポイント以上の差をつけていたが、著者らが中身を開くと、WebArena に含まれる特定の課題を解くための方策がハードコードされていた。たとえば利用者プロフィールへ移動する課題では、現在のURLに /user/user_name を足す、という具合に。著者らはこれを This is brittle(これは脆い)と書く——サイトのURL構造が変われば効かなくなるからだ。そのうえで、本稿の主題と同じことを述べている——個々の方策が失敗する確率が小さくても、1つの課題で何十回も方策を呼ぶなら、全体の失敗確率はすぐに積み上がる。∴ 上で挙げた61.7%のような数字は、下流の開発者から見れば誤解を招きうる(著者らの語で misleading from the perspective of downstream developers)。掛け算の残酷さは、エージェントの中だけでなく、それを測る表の上でも起きている。

本当の急所は、「賢さ」より「各ステップの確かさ」

ここから得られる結論は、はっきりしている。 エージェントを実用に耐えさせる鍵は、より賢いモデルだけではない。掛け算に勝つには、各ステップの確かさ(信頼性)を上げ、まちがえたら気づいて立て直す——つまり検証と誤り回復こそが本丸である。WebArena の著者自身も、エージェントの成績が伸びない原因を a lack of crucial capabilities such as active exploration and failure recovery と書いている2能動的な探索と、失敗からの立て直し——決定的に欠けているのはその二つだ、という見立てだ。これは「生成より検証」そのものであり、ハーネス(モデルを支える足場)が支える部分でもある。製造業が歩留まりに執念を燃やすのと、同じだ。

ただし「検証させればよい」で終わらせると、出典より先へ行ってしまう。自己条件付けを報告した当の論文は、モデルに自己検証を促すという最も素直な処方を実際に試している。結果は芳しくない——思考の連鎖を書かせた Gemma3 では初期のターンこそ効くが、検証のぶんトークンを食って文脈長を早く使い切り、後半でかえって急に崩れる。thinking 系の Qwen3 にいたっては、ほとんど改善しない。著者らの結論は、プロンプトによる自己修正では足りないかもしれない、である(may not be enough ——計算量が高く、文脈長の代償を払い、しかも自己検証それ自体が誤りやすい複雑な実行タスクだから)。同じ付録で効いたのは、むしろ直近の1〜25ターンだけを残して過去の自分の誤りを文脈から外すほうだった——もっとも著者らは、この手立てが課題のマルコフ性(いまの状態だけで次が決まる性質)に依ると断っている1。∴ 本丸が検証と誤り回復であることは変わらないが、それをモデル自身に一言頼めば済む話ではない——足場の側で、何を文脈に残すかまで含めて設計する仕事である。


出典6件
  1. 自己条件付け(self-conditioning):A. Sinha et al., “The Illusion of Diminishing Returns: Measuring Long Horizon Execution in LLMs”, arXiv:2509.09677(v1 2025年9月/v3 2026年3月、ICLR 2026 採択)。長い実行での精度低下は推論力でなく実行の誤りが主因、文脈中の過去の誤りが次の誤りを誘発、と報告。掛け算(p のN乗)は初等的な確率。伸びの語は同論文の中で揺れており、抄録は exponential improvements in the length of tasks と緩く書くが、Proposition 1 の直後は This shows that the horizon length grows hyperbolically with the step accuracy——本稿は後者に従う。付録 C.1・C.2 の値は図のみ(Figure 9・Figure 10(a)、Gemma3 12B、以下は図の目視の概数): 自己検証を書かせた CoT 走行はターン精度が序盤の約0.98から200ターン付近で0に落ち(元の走行は約0.85を保つ)、1ステップあたりの生成トークンは約400から最大約1,200へ増える。文脈を直近1ターンまたは25ターンに絞った走行は、元の走行が50ターン付近で約0.7から約0.4へ落ちてそのまま推移するのに対し、どちらも200ターンまで約0.7を保つ。 https://arxiv.org/abs/2509.09677 2 3 4 5

  2. WebArena:arXiv:2307.13854 (2023)。登場時(2023年)の数字=人間78.24%、最良GPT-4エージェント14.41%。その後改善し、2025年には IBM の CUGA が 61.7% の成功率を報告している(arXiv:2503.01861 Table 1、逐語 WebArena ... 61.7% success rate)——2307.13854 は2023年のベンチマーク提案論文で、この数値はそちらには載っていないので出典を分ける。CUGA は IBM Research の自社システムで、当該レポートは査読前(逐語 This paper presents our ongoing work)。開発は selecting an initially small, representative subset of the benchmark and then enlarging the subset as the system evolved という反復で進められており、WebArena は保留集合ではない。なお人間の78.24%は We sample one task from each of the 170 templates and ask five computer science graduate students170課題を CS の大学院生5名が解いた値、エージェントの14.41%は812課題全体の値であり、両者は同じ分母ではない。 https://arxiv.org/abs/2307.13854 2 3

  3. GAIA:arXiv:2311.12983 (2023)。登場時(2023年)=人間92%、GPT-4+プラグイン15%。ただし論文はこの15%を再現不能な上振れ推定と明記している——逐語 our score for GPT4 with plugins is an "oracle" estimate of GPT4 potential with more stable and automatically selected plugins rather than an easily reproducible result、および表注 GPT4 + plugins scores were obtained by manually selecting plugins, and cannot be reproduced exactly。同論文は道具選択まで自動化した AutoGPT-4 も併せて評価しており、そちらは約4.7%にとどまる(Table 4 の水準別スコア 14.4/0.4/0 を設問数 146/245/75 で加重平均。同じ計算で GPT4+プラグインは14.6%、人間は91.7%となり、本脚注が挙げる15%・92%と一致する)。人間の92%も同じ表から取った値で、表注は Human score corresponds to the portion of correct answers by validation annotators for valid questions設問の検証に関わった注釈者が、有効と判定された設問に答えた割合だと断っている。その後改善(出発点として引用)。なお、これらベンチマークは攻略・漏洩で水増しされうるとの指摘もある(UC Berkeley RDI, 2026年4月「We Scored 100% on AI Benchmarks Without Solving a Single Problem」 https://rdi.berkeley.edu/blog/trustworthy-benchmarks/この指摘は下記 GAIA 原論文には含まれない)。 https://arxiv.org/abs/2311.12983

  4. TheAgentCompany:arXiv:2412.14161(2024年12月公開、175課題)。逐語 the best performing model, Gemini 2.5 Pro was able to autonomously perform 30.3% of the provided tests to completion, and achieve a score of 39.3%——30.3% は2025年3月公開の Gemini 2.5 Pro の値で、ベンチマーク公開時点の到達点ではない。 https://arxiv.org/abs/2412.14161

  5. METR, “Measuring AI Ability to Complete Long Software Tasks”, arXiv:2503.14499 (2025)。ソフトウェア開発タスクで「50%信頼性タスク時間地平」が倍化する傾向。当初は約7ヶ月ごととされた。METR の2026年改訂(Time Horizon 1.1, 2026-01-29)は、全期間の成長率は改訂版だけでは比較できないと断っている——2023年より前のモデルを再推定していないためで、逐語 We cannot directly compare growth-rates between TH1 and TH1.1 over the entire period because we did not re-estimate any of the pre-2023 models with TH1.1。そこで TH1.0 の推定を継ぎ足した hybrid 系列で比べ、This hybrid trend shows exactly the same doubling time as the TH1 trend, of 196 days (7 months) と報告している(ただし The new fit appears slightly less linear, with a slightly lower R^2=当てはまりはやや悪くなっている)。加速が出るのは部分区間のほうで、同記事の比較表は 2023年以降を TH1.0 の 165.3 日から TH1.1 では 130.8 日 [107, 161] へ、2024年以降を this was at 109 days under TH1, and falls to 89 days under TH1.1 と示す(本文の「約4ヶ月」「約3ヶ月」はいずれも改訂版=TH1.1 の列の値である)。通算と部分区間は分母が違うので、並べるときは区間を明示する必要がある。傾向は事実だが、これを「数年で月単位の仕事を自動化」と外挿する予測には議論がある。 https://arxiv.org/abs/2503.14499 https://metr.org/blog/2026-1-29-time-horizon-1-1/ 2

  6. “AI Agents That Matter”:S. Kapoor et al. (Princeton), arXiv:2407.01502 (2024)。逐語 "State-of-the-art" agent architectures for HumanEval do not outperform simple baselines / There is no significant accuracy difference between our warming strategy and the best-performing agent architecture上回るのではなく差が無い。コスト差も一律ではなく、逐語 Reflexion and LDB cost over 50% more than the warming strategy, and LATS over 50 times more50倍は LATS 1本についての比。抄録の第3指摘は逐語 many agent benchmarks have inadequate holdout sets, and sometimes none at all. This has led to agents that are fragile because they take shortcuts and overfit to the benchmark。ほかに非再現性とコスト無視の評価も指摘。 https://arxiv.org/abs/2407.01502 2

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