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AI・信頼性・評価

ハーネス——同じモデルでも“外側”で成績は動く

2026/6/21 (更新: 2026/7/26) シリーズ「AIエージェントは、実際どう動くのか」 第2回 / 全4回

エージェントとは「LLMをループと道具で包んだもの」である。 ここでは、その「包んでいる側」——ハーネスの話をする。地味だが、ここがエージェントの出来を、想像以上に左右する。

「どのモデルが賢いか」は、話の半分でしかない

エージェントの話題になると、ついモデル比べになる。「GPTとClaude、どっちが賢い?」と。 もちろんモデルの賢さは大事だ。でも実務をやると、すぐに気づく——同じモデルでも、“外側の作り”しだいで出来がはっきり変わるということに。

この「外側の作り」を、ハーネス(harness:留め具・装具)と呼ぶ。 たとえるなら、LLMはエンジンで、ハーネスは車体の残り全部である。どれだけ高性能なエンジンでも、ハンドルもブレーキもタイヤも雑なら、まともに走らない。逆に、そこそこのエンジンでも車体が良ければ、ちゃんと目的地に着く。

ハーネスとは、具体的に何か

ハーネスは、LLMの周りを固めるソフトウェア一式である1。主な部品は:

エンジン(モデル)は買ってくるもの。ハーネスは、作るものである。そして、ここに腕の差が出る。

なぜ「外側」が成績を動かすのか——研究が示すこと

「言いすぎでは?」と思うかもしれない。だが近年の研究は、エージェントの成績が周りの設計と測り方に左右されることを、具体的な数値で示している。

プリンストン大学の研究グループ(“AI Agents That Matter”)は、エージェント評価の落とし穴を指摘する中で、こう報告している——複雑に作り込んだエージェントと同等以上の精度を、ごく単純な手法(ベースライン)が出すことがある。しかも同論文の比較では約50分の1のコストで2。ただし比較したベンチマーク・モデル・コストの定義は本稿では確認できていないので、エージェント一般に効く倍率としては読まないでほしい。 つまり、報告されるエージェントの成績は、モデルの賢さだけでなく、その周りの設計と測り方にも左右される。ただし同論文の力点は「だから設計に投資せよ」ではない——作り込んだ設計がコストに見合っていない、精度だけを見て費用を見ない評価がその過剰を招いている、という警告だ2。足場しだいで成績が動くという指摘も、評価を信用しにくくする要因として挙げられている。

より具体的に「足場だけで効く」を見せたのが、同じくプリンストン大学の別グループが公開した実在のエージェント SWE-agent3。彼らはモデルを変えず、モデルと計算機の界面(Agent-Computer Interface)だけを作り直した。人間向けのシェルやIDEではなく、LMの弱点に合わせて——一度に100行だけ見せるファイル閲覧編集のたびに構文検査を走らせ、壊れた編集は破棄してやり直させる編集コマンド検索結果を要約して返し、ヒットが50件を超えたら一覧を出さず条件を絞り直させる検索——を用意した。評価に使った SWE-bench Lite は、実在のPythonリポジトリのGitHub issue 300件を自動で修正させ、リポジトリ付属のテストが全部通ったかで採点するベンチマークだ。界面を入れ替えただけで、同じ GPT-4 Turbo のまま解決率が11.0%から18.0%へ(pass@1、相対+64%)跳ねている。しかも各判断は測ってある——100行窓を30行に狭めると−3.7点、構文検査を外すと−3.0点、人間風の「1件ずつ辿る検索」に替えると検索ツール無しより悪化した。界面という“外側”は、ablation で測れる一級の性能変数なのだ。これは SWE-agent 一つの癖ではない。ターミナルのペアプログラマ Aider の作者も、LLMにコード編集を返させる「編集フォーマット」を実測し、2023年末の gpt-4-turbo では選び方で成功率が20%から61%へ動いたと公開している4。実在のハーネスを作るプロは、足場を「測る対象」として扱っている。

つまり——「エージェントが進歩した」と言われるものには、モデル本体の進歩だけでなく、“ハーネス工学”の進歩によるものが混じっている。これは裏を返せば、手元のモデルでも、足場を良くすれば性能を伸ばせるということでもある。

ハーネスは、強さの源であり、もろさの源でもある

良いハーネスはエージェントを賢く見せる。が、同時に——ハーネスは作り込まれた“一点物”になりがちで、そこがもろさにもなる。少し違うタスク、少し違う環境になると、その足場が前提を外して崩れる。ホールドアウトが不十分な評価では、エージェントがベンチマークに近道で過適合してもろくなる——“AI Agents That Matter” もそう指摘している2。 これは、製造業でいう「1個作れることと、量産できることは別問題」と同じ匂いがする——というのは筆者の見立てだ。デモ(1個)はハーネスで成立しても、現実の多様なケース(量産)では崩れる。


出典

  1. Lilian Weng, “LLM Powered Autonomous Agents”, Lil’Log (2023)。エージェント=LLM+計画(planning)+記憶(memory)+道具(tool use)という三要素の枠組みを広めた解説記事。本節の6項目のうち道具・記憶は同記事の component に対応し(コンテキスト管理は記憶=memory の運用面にあたる)、オーケストレーション・指示・検証は同記事の「計画」で扱われる下位テーマ(ReAct的ループ・自己内省など)を実務上の観点として個別に切り出したもの。 https://lilianweng.github.io/posts/2023-06-23-agent/

  2. S. Kapoor, B. Stroebl, Z. S. Siegel, N. Nadgir, A. Narayanan (Princeton), “AI Agents That Matter”, arXiv:2407.01502 (2024)。単純なベースラインが複雑なエージェントを約50倍低コストで上回りうること、ホールドアウトが不十分な評価によりエージェントがベンチマークへ過適合してもろくなること、評価の非標準化・再現性の問題、成績が足場(scaffold)に強く依存することを指摘。 https://arxiv.org/abs/2407.01502 2 3

  3. John Yang, Carlos E. Jimenez, Alexander Wettig, Kilian Lieret, Shunyu Yao, Karthik Narasimhan, Ofir Press, “SWE-agent: Agent-Computer Interfaces Enable Automated Software Engineering”(arXiv:2405.15793, NeurIPS 2024)。モデル(GPT-4 Turbo, gpt-4-1106-preview)を固定し、モデルと計算機の界面(ACI)だけを設計し直すと、SWE-bench Lite(300件)の % Resolved(pass@1)が Shell-only 11.0%→18.0%(相対+64%)に向上。100行窓のファイル閲覧・編集ごとの linter ガードレール(構文エラーの編集は破棄)・要約検索(ヒットが50件を超えると一覧を返さず、より具体的な検索語を促す)などの設計判断を ablation で計測(例: 30行窓 −3.7点、linter 無し −3.0点、人間風の反復検索は検索ツール無しより悪化)。数値は同論文の計測。実在し公開された(MIT)プロ用ハーネスの設計開示。 https://arxiv.org/abs/2405.15793

  4. Aider(Paul Gauthier, オープンソース・Apache-2.0)は、LLMにコード編集を返させる「編集フォーマット」を実測で設計し公開している。例: gpt-4-turbo(gpt-4-1106-preview)で、89タスクの refactoring ベンチマークの成功率が、SEARCH/REPLACE 形式の20%から unified diff 形式の61%へ改善。手抜きコード(…add logic here…)の発生を減らす目的で設計された形式である。実在ハーネスの作者が設計判断をベンチマーク付きで開示している例。記事 2023-12、閲覧 2026-07。 https://aider.chat/2023/12/21/unified-diffs.html

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