シミュレーション・制御・実機
天気予報の「2週間の壁」は、モデルではなく天気の側にある
目次
スーパーコンピュータは1963年から桁違いに速くなった。気象モデルの解像度も観測データの量も、当時とは比較にならない。そして「何日先まで当たるか」も、実際に延びてきた——現代の5日予報は1980年の1日予報と同じ精度で、実用になる予報は9〜10日先まで届く1。それでも、その少し先で頭打ちになる。なぜか。天井が、モデルの側ではなく、天気の側にあるからだ。
計算機の誤りが、計算機の限界を発見した
1961年、気象学者エドワード・ローレンツは数値シミュレーションを途中から再開しようと、印刷された値を打ち直した。機械内部の .506127 を、丸めた .506 として。たった3桁の違いだ。コーヒーを淹れて戻ると、計算結果はまったく別の天気に分岐していた。小さな差が、小さなまま留まらない——古典的な「小さな原因は小さな結果」という前提が、ここで崩れた2。彼はこれを1963年の論文「決定論的非周期流」にまとめた3。後に「ブラジルの蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を起こすか」という比喩(命名は同僚P.メリリーズ)で知られる、バタフライ効果である。
皮肉が二重になっている。バタフライ効果は計算機の誤りによって発見され、そして計算機が永遠にできることを制限する。
なぜ「壁」なのか——傾斜ではなく
カオス系では、初期のごく小さな誤差が平均して指数関数的に増える(正のリャプノフ指数)。誤差が「自然なばらつき」と同じ大きさに飽和したとき、予報はもう気候平均以上の情報を持たない。そこが壁だ。
よく言われる「約2週間」という数字は、しかし定理ではなく慣例であることに注意がいる。元をたどるとCharneyら(1966)が第一世代の大循環モデルから外挿した「誤差倍増5日」に行き着き、当時のモデル同士ですら倍増時間は大きく食い違っていた4。現代の高解像度「双子実験」(Judt, Selzら)では中緯度で約15〜17日に頭打ちになる。Zhangら(2019)は9km解像度の全球アンサンブルから内在的限界を「約2週間」と見積もっているが5、Shen/Pielkeらは「2週間は証明された境界でなく仮説だ」と論じている4。数値そのものは論争中だが、「有限の地平線が存在する」点は揺るがない。
重要なのは、壁が傾斜ではないことだ。解像度やデータを増やせば、地平線までの精度は上がる。Zhangら自身、現状の実用的な予測可能性である9〜10日に対し、観測とデータ同化と解像度の改善によってあと3〜5日は稼げる余地があると書いている5。つまり計算は、天井までの距離をまだ買える。だが、有限の不確かさを確率の雲に変えてしまうカオスの性質は、どんなモデルでも消えない。買えるのはそこまでだ。
だからアンサンブル予報がある
点で当てられない以上、現代の予報は軌道でなく分布を予測する。初期条件を観測誤差の範囲で揺らして何度も計算し、確率を読む6。そしてばらつきの幅そのものが予報になる——大気の状態によって、数日まとまりを保つことも、ほとんど即座に発散することもある。カオスは予測を不可能にしたのではない。予測の性質を、決定論から確率論へと変えたのだ。そして近年は、安く回せるAIアンサンブルを「置き換え」でなく「集団に厚みを足す材料」として使う動きも、現業の予報センターで始まっている。
AI気象モデルは壁を動かすのか
2023〜2025年、AI気象モデルは目覚ましい。GraphCast(DeepMind, Science 2023)は10日予報を1分未満で出し、ECMWFの最良決定論システムを1,380指標の90%で上回った7。GenCast(Nature 2024)は拡散ベースのアンサンブルで97.2%の指標でECMWFのENSを上回った8。
だがこれらは壁の手前で、安く・少し良くしているのであって、壁を動かしてはいない。むしろ不穏な指摘がある。Selz & Craig(2023, GRL)は、AIモデルでは微小擾乱の成長が現実より遅すぎることを見出した——つまりAIは大気を「滑らかすぎる」形で模倣し、本物のカオス的成長を取りこぼしている疑いがある9。初期条件を遡及的に最適化すれば30日先まで「予測」できたという報告(Vonich & Hakim 2025)もあるが、著者自身が「それを実時間で同定できるかは今後の課題」と明言しており、運用予報ではない。AIが壁を破ったように見えるとき、最初に疑うべきは、それが本物の(カオス的な)大気を模していない可能性のほうだ。
結論:天井は、最初から道具ではなかった
計算もモデルも1963年から桁違いに良くなり、予報が当たる日数も実際に延びた。だが延びたのは地平線までの距離であって、地平線そのものではない。道具が良くなるほど、天井が道具でなかったことが明らかになった。限界は非線形力学という系の構造にある。計算が買えるのは天井までの距離であって、天井の高さではない。地平線は、計算機ではなく天気の性質なのだ。
出典
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T. R. Alley, K. Emanuel, F. Zhang「Advances in weather prediction」, Science 363, 342–344 (2019)。「現代の5日予報は1980年の1日予報と同じ精度で、実用になる予報はいま9〜10日先まで届く」「現代の72時間ハリケーン進路予報は40年前の24時間予報より正確」と、到達済みの予報日数が実際に延びてきたことを示す。本文では「地平線までの距離は延びた」側の根拠として引く。 https://dspace.mit.edu/handle/1721.1/126462 ↩
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ローレンツが丸め誤差から鋭敏な初期値依存性を発見した経緯, MIT Technology Review(2011)。 https://www.technologyreview.com/2011/02/22/196987/when-the-butterfly-effect-took-flight/ ↩
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E. N. Lorenz「Deterministic Nonperiodic Flow」, J. Atmos. Sci. 20, 130–141 (1963)。バタフライ効果の原典。 https://journals.ametsoc.org/view/journals/atsc/20/2/1520-0469_1963_020_0130_dnf_2_0_co_2.xml ↩
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予測可能性限界の歴史と論争(Charney ら 1966 の「誤差倍増5日」外挿、Shen & Pielke らの「2週間は証明された境界でなく仮説」論を含む), MDPI Encyclopedia 3(3):63 (2023)。「約2週間」は変数依存の慣例値であり、内在的限界か否かは論争中。 https://www.mdpi.com/2673-8392/3/3/63/html ↩ ↩2
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F. Zhang, Y. Q. Sun, L. Magnusson, R. Buizza, S.-J. Lin, J.-H. Chen, K. Emanuel「What is the predictability limit of midlatitude weather?」, J. Atmos. Sci. 76, 1077–1091 (2019)。9km全球アンサンブルから中緯度の内在的限界を約2週間と見積もる一方、現状の実用的予測可能性は約9〜10日で、観測・データ同化・高解像度化によって「あと3〜5日」を稼ぐ余地が残ると明記している=天井は動かないが、天井までの距離はまだ買えることの出典。 https://journals.ametsoc.org/view/journals/atsc/76/4/jas-d-18-0269.1.xml ↩ ↩2
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カオス・予測可能性・アンサンブル予報の入門, ECMWF。 https://www.ecmwf.int/en/learning/training/introduction-chaos-predictability-and-ensemble-forecasts ↩
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GraphCast(DeepMind), Science(2023)。10日予報を1分未満で出し、ECMWF最良決定論システムを1,380指標の90%で上回る。 https://www.science.org/doi/10.1126/science.adi2336 ↩
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GenCast, Nature(2024)。拡散ベースのアンサンブルで97.2%の指標でECMWF ENSを上回る。 https://www.nature.com/articles/s41586-024-08252-9 ↩
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Selz & Craig(2023, GRL)はAIモデルで微小擾乱の成長が現実より遅すぎることを見出した(解説 phys.org)。AIによる遡及的な30日「予測」(Vonich & Hakim 2025)は非運用の結果。 https://phys.org/news/2023-10-artificial-intelligence-algorithms-account-key.html ↩
この記事はAIが執筆しています。内容には誤りが含まれる可能性があります。ご注意ください。