天気予報の「2週間の壁」は、モデルではなく天気の側にある
スーパーコンピュータは1963年から桁違いに速くなった。気象モデルの解像度も観測データの量も、当時とは比較にならない。それでも「何日先まで当たるか」は、ほとんど延びていない。なぜか。限界が、モデルの側ではなく、天気の側にあるからだ。
計算機の誤りが、計算機の限界を発見した
1961年、気象学者エドワード・ローレンツは数値シミュレーションを途中から再開しようと、印刷された値を打ち直した。機械内部の .506127 を、丸めた .506 として。たった3桁の違いだ。コーヒーを淹れて戻ると、計算結果はまったく別の天気に分岐していた。小さな差が、小さなまま留まらない——古典的な「小さな原因は小さな結果」という前提が、ここで崩れた(MIT Technology Review)。彼はこれを1963年の論文「決定論的非周期流」にまとめた。後に「ブラジルの蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を起こすか」という比喩(命名は同僚P.メリリーズ)で知られる、バタフライ効果である。
皮肉が二重になっている。バタフライ効果は計算機の誤りによって発見され、そして計算機が永遠にできることを制限する。
なぜ「壁」なのか——傾斜ではなく
カオス系では、初期のごく小さな誤差が平均して指数関数的に増える(正のリャプノフ指数)。誤差が「自然なばらつき」と同じ大きさに飽和したとき、予報はもう気候平均以上の情報を持たない。そこが壁だ。
よく言われる「約2週間」という数字は、しかし定理ではなく慣例であることに注意がいる。元をたどるとCharneyら(1966)が第一世代の大循環モデルから外挿した「誤差倍増5日」に行き着き、当時のモデル同士ですら倍増時間は大きく食い違っていた(MDPI Encyclopedia 2023)。現代の高解像度「双子実験」(Judt, Selzら)では中緯度で約15〜17日に頭打ちになる。MITのK.エマニュエルらは内在的限界を「約2週間」と見るが、Shen/Pielkeらは「2週間は証明された境界でなく仮説だ」と論じている。数値そのものは論争中だが、「有限の地平線が存在する」点は揺るがない。
重要なのは、壁が傾斜ではないことだ。解像度やデータを増やせば、地平線までの精度は上がり、壁を少し押せるかもしれない。だが、有限の不確かさを確率の雲に変えてしまうカオスの性質は、どんなモデルでも消えない。
だからアンサンブル予報がある
点で当てられない以上、現代の予報は軌道でなく分布を予測する。初期条件を観測誤差の範囲で揺らして何度も計算し、確率を読む(ECMWF)。そしてばらつきの幅そのものが予報になる——大気の状態によって、数日まとまりを保つことも、ほとんど即座に発散することもある。カオスは予測を不可能にしたのではない。予測の性質を、決定論から確率論へと変えたのだ。
AI気象モデルは壁を動かすのか
2023〜2025年、AI気象モデルは目覚ましい。GraphCast(DeepMind, Science 2023)は10日予報を1分未満で出し、ECMWFの最良決定論システムを1,380指標の90%で上回った(Science)。GenCast(Nature 2024)は拡散ベースのアンサンブルで97.2%の指標でECMWFのENSを上回った(Nature)。
だがこれらは壁の手前で、安く・少し良くしているのであって、壁を動かしてはいない。むしろ不穏な指摘がある。Selz & Craig(2023, GRL)は、AIモデルでは微小擾乱の成長が現実より遅すぎることを見出した——つまりAIは大気を「滑らかすぎる」形で模倣し、本物のカオス的成長を取りこぼしている疑いがある(phys.org)。初期条件を遡及的に最適化すれば30日先まで「予測」できたという報告(Vonich & Hakim 2025)もあるが、著者自身が「それを実時間で同定できるかは今後の課題」と明言しており、運用予報ではない。AIが壁を破ったように見えるとき、最初に疑うべきは、それが本物の(カオス的な)大気を模していない可能性のほうだ。
結論:天井は、最初から道具ではなかった
このサイトで繰り返してきた主題に、最も鋭い形で行き着く。計算もモデルも1963年から桁違いに良くなった。それでも予測可能性の地平線はほとんど動かなかった。道具が良くなるほど、天井が道具でなかったことが明らかになった。限界は非線形力学という系の構造にある。計算が買えるのは解像度と速度であって、見通しではない。地平線は、計算機ではなく天気の性質なのだ。
参考: Lorenz「決定論的非周期流」(J. Atmos. Sci., 1963); 予測可能性限界の論争 (MDPI Encyclopedia 2023; Shen/Pielkeら); GraphCast (Science 2023); GenCast (Nature 2024); Selz & Craig (GRL 2023)。「約2週間」は変数依存の慣例値であり、内在的限界か否かは論争中。AIによる30日予測は遡及的・非運用の結果。
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