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シミュレーション・制御・実機

NOAAが物理とAIのハイブリッド気象アンサンブルを実運用化

2026/7/27 (更新: 2026/9/10)

目次
【背景】予報は一本ではなく、束ねて配るこの束がアンサンブル。物理とAIで作り方が違う【問い】NOAAは置き換えたのか、足し合わせたのか。どこまで良くなるのかAI側は予報スキルが同等とされ、幅を作る力は弱い
※概念図(背景→問い):速くて安いAIモデルが、天気予報の作り方に加わった
背景

天気予報のセンターは、予報を一本だけ出しているのではない。同じ日について少しずつ違う条件で何本も走らせ、その束を配信する。台風が上陸するのはどのあたりか、雨はどこまで強まりうるか——読み手が受け取りたいのは一本の線ではなく、当たり外れの幅のほうだからだ。この束をアンサンブルと呼ぶ。ここに、観測データから学習した AI の気象モデルという、物理法則を数値的に解く従来のモデルとはまったく別系統の作り方が加わった。こちらは、ある時点の大気の状態と次に来た状態との対応を過去のデータから覚えて、その先を出す。学習済みモデルの予報は計算が軽く、同じ設備でずっと多くを走らせられる。

問い

二つの作り方が同時に手元にあるとき、現業のセンターは片方をもう片方で置き換えるのか、それとも足し合わせるのか。米 NOAA(海洋大気庁)が2025年12月に実運用へ入れた一式を材料に、どちらが採られ、そこから何がどこまで良くなったのかを確かめる。

要点

この問いに、NOAA の実運用はこう答える——採られたのは足し合わせのほうで、物理と AI を一つの集団に混ぜたものが、初期評価の段階では、大半の主要な検証指標でどちらか片方だけの集団より良かったという。 AI で作るほうのアンサンブルは、物理で作る従来型の約9%の計算資源で動き、予報スキルは同等とされる1。安さと速さは、既存のモデルを降ろす理由には使われていない。開発段階の検証では、ハリケーンの強さの予測が従来型に及ばない事例も報告されている。

何が入ったか

投入されたのは三つのシステムだ1

いずれも Project EAGLE(Experimental AI Global and Limited-area Ensemble)の成果である1。研究プロジェクトの名前には Experimental が入るが、投入された三つ自体は現業システムである。NWS は2025年12月9日の告示で、同日から評価期間に入り、それが成功裏に完了する2025年12月17日に現業化すると予告した2。NOAA(海洋大気庁)の対外リリースは12月17日付で、一式が実運用に入ったと伝えている1

なぜ「混ぜる」のか

鍵は、アンサンブル予報が何をしている道具かにある。初期条件やモデルを少しずつ変えた多数の予報を束ね、起こりうる結果の幅=不確実性を張るのがアンサンブルの仕事だ。

ここで効くのが「独立した二つの作り方」である。物理ベースと AI ベースは、作り方が根本的に違う。NOAA は「異なる二つのモデル系(一方は物理ベース、一方は AI ベース)を組み合わせることで、HGEFS はより大きく頑健なアンサンブルを作り、予報の不確実性をより効果的に表現する」と説明し、31メンバーの物理 GEFS と 31メンバーの AI AIGEFS を合わせた62メンバーの HGEFS を作った1。そして初期評価では、この HGEFS がAIのみ・物理のみの両方のアンサンブルを上回ったとされる1。速く安く回せる AI を、既存の物理モデルを捨てる理由にではなく、集団を厚くする材料に使った、という順序だ。

NOAA だけの話ではない

ハイブリッド化に向かう動き自体は、複数の現業センターで独立に進んでいる。ただし混ぜ方は同じではない。欧州の ECMWF は 2025年7月1日、AI アンサンブル予報 AIFS ENS(51メンバー)を実運用に入れた。ただしその初期条件は物理ベースのデータ同化に依存する3。混ぜる理由も、リリースは名指しで書いている——AI 側は現時点では解像度が31kmで、物理ベースのアンサンブル(9km)より粗く、高解像度の場や、結合系の地球システム過程には物理側が「不可欠のまま」だ。だからこそ「両手法の強みを生かすハイブリッド構成を探っている」のだという3。ECMWF は同じリリースで、この AI アンサンブルが多くの指標で最先端の物理モデルを上回り、地上気温では最大20%の改善を示したと書いている3。速度と消費電力の差も名指しされていて、物理ベースの予報システムより10倍以上速く、消費電力は約1000分の1だという3。それでも選ばれたのは置き換えではなくハイブリッドの探索だった。ハイブリッドを探る理由として名指しされているのは、速さや安さではなく解像度の非対称のほうである。学術・現業の側でも、物理・AI・ハイブリッドの三系統を同じ土俵で比べる相互比較プロジェクト WP-MIP が走っている。WMO の作業部会が2024年後半に立ち上げたもので、2026年7月時点で42件の予報寄稿と5件の解析データ、計31TBが集まり、第1期の予備結果まで出ている4。ただしそこに寄せられた各センターの開発中ハイブリッドは、いずれも物理モデルを AI の解へ spectral nudging する型だ——原典は「現在のハイブリッド化の戦略は spectral nudging に一意に集中している」と書き、該当する3件(ECCC・ECMWF・UKMO)を表に並べている4。HGEFS のようにアンサンブルを丸ごと足し合わせる型ではない。しかも WP-MIP の第1期が比べているのは決定論予報で、アンサンブル同士の相互比較は将来の拡張として名指されている4。なお WP-MIP の参加 AIWP モデルには NOAA 自身が名を連ねている(参照文献は NOAA の office note)。ただしハイブリッドの表に並ぶのは ECCC・ECMWF・UKMO の3件で、そこに NOAA は入っていない4。そしてプロジェクトは平易な要約で、AI ベースの系は10日予報では高精度だが非物理的な平滑化を抱えており、AI の導きと物理モデルを組み合わせたハイブリッドは構成要素どうしの相乗効果で得をしている、と書いている4。予備結果でも、ECCC と UKMO のハイブリッドは導き手の AI 予報から大きく利を得て、ECMWF の物理モデルに近い RMSE に達したとされる。ただし原典は、ハイブリッドの数が限られるため一般的な結論は引き出しにくいとも断っている。NOAA 自身も「我々の知る限り、この種の物理・AI ハイブリッド・アンサンブルを実装した世界初の機関」と書いている1。∴ HGEFS は「潮流の一例」というより、ハイブリッド化という広い潮流のなかで NOAA が選んだ独自の混ぜ方として読むのが正確だ。

どこまで言えるか——留保つき

これは論文段階の予想ではなく、現業の予報センターが実運用に入れた構成だ。ただし、二点の留保を添える。

なお現業プロダクトとしての HGEFS は、6時間刻みで240時間先まで配信される2。AIGFS・AIGEFS の384時間先までと比べて射程が短い。配信されるのはアンサンブル統計(平均とスプレッド)で、個々のメンバーは含まれない2

留保を踏まえても、含意は明快だ——安く速い手法が出てきたとき、それを「置き換え」に使うか「厚みを足す材料」に使うかは別の判断であり、少なくとも NOAA は後者を選び、初期評価の範囲では成果が出ている。


出典6件
  1. NOAA, “NOAA deploys new generation of AI-driven global weather models”(2025-12-17。2026-02-17 にハリケーン予報のQ&Aを追記した旨の更新表示あり)。AIGFS/AIGEFS/HGEFS、AIGEFS は従来型 GEFS の約9%の計算資源、HGEFS は物理31+AI31 の計62メンバーで AIのみ・物理のみの両アンサンブルを上回った(初期評価)、は本リリースの記述による。Project EAGLE の正式名 Experimental AI Global and Limited-area Ensemble forecast system はリリースには無く、NOAA EPIC の EAGLE 解説ページによる(https://www.epic.noaa.gov/ai/eagle-overview/)。2026年7月27日の更新版・Anemoi への移行も同ページによる(2026年9月4日取得・HTTP 200)——決定論版は the Global-EAGLE-Solo machine learning (ML) framework transitioned to the ... Anemoi framework、アンサンブル版は efforts have focused on transitioning the Global-EAGLE-ensemble into the Anemoi framework、更新版は A minor updated version was implemented into operation on July 27, 2026 with significantly improved tropical cyclone intensity and precipitation forecast skillhttps://www.noaa.gov/news-release/noaa-deploys-new-generation-of-ai-driven-global-weather-models アンサンブル版の重みについては The weights for the Global-Eagle-Ensemble members are generated by fine-tuning the original GraphCast weights from DeepMind© with recent GDAS analyses、移行状況は Since then, efforts have focused on transitioning the Global-EAGLE-ensemble into the Anemoi frameworkOngoing development aims to further optimize the model's forecast performance(いずれも2026年9月8日取得・HTTP 200)。 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17

  2. NOAA/NWS, “Service Change Notice 25-89: Implementation of the Artificial Intelligence Global Forecast System (AIGFS), Artificial Intelligence Global Ensemble Forecast System (AIGEFS), and the Hybrid Global Ensemble Forecast System (HGEFS)“(NCEP Central Operations、2025年12月9日発表)。実装の一次文書。「The models are based on Google DeepMind’s GraphCast model」「AIGEFS runs with 31 members to provide ensemble forecasts」「This 62-member ensemble is composed of 31 members from each of the two systems」と明記し、2025年12月9日からの評価期間を経て「At the completion of the successful evaluation period on December 17, 2025, the models will become operational」と告示する。https://www.weather.gov/media/notification/pdf_2025/scn25-89_AIGFS_AIGEFS_and_HGEFS.pdf 2 3 4 5

  3. ECMWF, “ECMWF’s ensemble AI forecasts become operational”(2025年7月1日)。AI アンサンブル AIFS ENS(リリースの表記はハイフン無し。51メンバー)を実運用化。初期条件が物理ベースのデータ同化に依存することは The AIFS ENS relies on physics-based data assimilation to generate the initial conditions. による。ハイブリッドを探る理由はそこではなく解像度の非対称に置かれていて、逐語は At the moment, it works at a lower resolution (31 km) than the physics-based ensemble system (9 km), which remains indispensable for high-resolution fields and coupled Earth-system processes. ECMWF is therefore also exploring hybrid systems that leverage the strengths of both approaches.——therefore が指すのは直前の「物理側は高解像度の場と結合過程には不可欠のまま」であり、データ同化への依存を述べた文は別の段落にある。独立した現業センターも「置き換え」でなく「混ぜる」へ動いている側。https://www.ecmwf.int/en/about/media-centre/news/2025/ecmwfs-ensemble-ai-forecasts-become-operational 2 3 4 5

  4. R. McTaggart-Cowan ほか多数の共著, “WP-MIP: An Artificial Intelligence, Hybrid, and Physically Based Model Intercomparison Project for Weather Prediction”(arXiv:2604.16643, 2026年4月17日に v1 が投稿され、2026年7月17日に v2 へ改訂された査読前プレプリント。本稿が引く数値と要約はいずれも v2 による)。物理・AI・ハイブリッドの各予報システムを共通の枠組みと中央データベースで比較し、ベストプラクティスの指針を作ることを目的とした相互比較プロジェクト。提案ではなく稼働中で、逐語は the Working Group on Numerical Experimentation (WGNE) initiated the Weather Prediction Model Intercomparison Project (WP-MIP) in late 2024、規模は As of July 2026, the WP-MIP archive contains 42 forecast contributions and 5 analysis datasets totalling 31 TB of data.Preliminary results are shown in section 3。参加 AIWP モデルの表には NOAA 自身が含まれる(参照は Tabas et al. (2025) = NOAA NCEP Office Note 521)。https://arxiv.org/abs/2604.16643(本稿が依拠する逐語: current hybridization strategies focus uniquely on spectral nudging to AIWP guidance、表の該当行 Spectral nudging of the ECMWF physical model、射程については global deterministic 10日予報が対象で、アンサンブル同士の比較は future ensemble-based intercomparison work と将来の拡張に置かれている) 2 3 4 5

  5. Zhongwei Zhang, Erich Fischer, Jakob Zscheischler & Sebastian Engelke, “Physics-based models outperform AI weather forecasts of record-breaking extremes”(Science Advances, 2026, doi:10.1126/sciadv.aec1433。プレプリントは arXiv:2508.15724「Numerical models outperform…」として2025年8月21日公開、査読掲載時に改題)。著者らは、記録破りの高温・低温・強風で、決定論型の AI モデル(GraphCast・Pangu-Weather・Fuxi、および GraphCast・Pangu-Weather の運用版)の予報誤差が物理モデル HRES よりほぼ全リードタイムで一貫して大きく、AI は極端事象の頻度も強度も過小評価しがち(高温記録は過小・低温記録は過大予測、超過が大きいほど誤差が拡大)と報告する。原因を学習領域の外へ外挿できないことに帰し(討議部の逐語は「they struggle when forecasting unprecedented events outside the training domain」、要旨では「the current limitations of AI weather models in extrapolating beyond their training domain」)、改善経路として気候モデル由来の極端事例によるデータ拡張・極値統計に基づく損失・ハイブリッド化を挙げる。ただしここでのハイブリッドは、掲載版の逐語では hybrid models and physics-informed neural networks, where specific parameterizations in physical climate models are replaced with AI components ... or neural networks are trained while respecting specific physical laws と説明される型で、本稿が扱う「二つのアンサンブルを足し合わせる」型とは別物である(プレプリント v1 は同じ箇所で NeuralGCM を例示していたが、掲載版はこの例示を落としており、NeuralGCM の語は掲載版に一度も現れない)。比較設定について著者らは、AI 側の初期化に使う ERA5 が +9 時間の先読みを持つのに対し HRES の入力 HRES-fc0 は +3 時間であり、this comparison setup disadvantages HRES ... thereby even strengthening our main result と自ら述べている(=結果は保守側に振れている)。著者らが確率的モデルとして引用番号で挙げるのは掲載版では3本で、うち2本は GenCast と AIFS-CRPS(ECMWF が AIFS ENS として運用化したモデル)である。いずれも検証対象外だが、著者らは考察で「確率的モデルも、学習分布の外にある記録破りの事象を予報するときには同種の外挿の困難に直面するだろう」と述べている。純 AI の実力に留保をかける側。https://arxiv.org/abs/2508.15724 2 3 4 5 6

  6. T. Dunstan ほか(Met Office/The Alan Turing Institute ほか), “FastNet: Improving the physical consistency of machine-learning weather prediction models through loss function design”(arXiv:2509.17601, 2025年9月22日公開/Artificial Intelligence for the Earth Systems(AMS)5巻3号, 2026年7月, doi:10.1175/aies-d-25-0090.1)。機械学習気象予測(MLWP)の出力は「特に決定論的な設定で」物理的整合性の確保が課題として残ると指摘し(challenges remain in ensuring the physical consistency of MLWP outputs, particularly in deterministic settings)、小スケール構造のぼやけ(スペクトルバイアス)と非物理的なアーティファクトを、球面調和関数ベースの損失項・水平勾配項・風の速度と向きを分離した表現で抑える。結果は成功側で、組み合わせて学習すると MSE 性能をほぼ保ったままスペクトル忠実度と物理的整合性が改善したと報告する(arXiv 版の逐語は when trained in combination the model exhibits very similar MSE performance to an MSE-trained model while at the same time significantly improving spectral fidelity and physical consistency)。結論部はさらに、スペクトルバイアスは「学習課題を確率的に定式化すれば事実上取り除ける」とする研究が複数あると書き、参照先に AIFS-CRPS(Lang ほか 2024b)と GenCast(Price ほか 2024)を挙げている。∴ この出典が支えるのは「AI 単独では物理的整合性が保てない」ではなく「決定論的な設定での物理的整合性は、現時点の課題であって、損失関数の設計や確率的定式化で扱える」であり、処方としてハイブリッド化は挙げられていない(原典で hybrid が出るのは NeuralGCM 型の関連研究1箇所のみ)。なお著者らは冒頭で、MLWP と現業 NWP の出力の隔たりについて「純粋にデータ駆動のモデルだけで埋まるのか、それとも従来手法とデータ駆動手法の混成が必要であり続けるのかは、いまなお議論が続く論点だ」と書いている(whether a blend of traditional and data-driven modeling will continue to be necessary is an active area of discussion)。また結論部の限界の列挙は掲載版で1項目増えており、解像度に関する限界は arXiv 版には無い。https://arxiv.org/abs/2509.17601 2 3

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