マテリアルズインフォマティクス・材料
量子計算が化学で効く境界は、古典が動かしている
目次
分子や材料のふるまいを計算で予測する仕事は、化学と物理の実務そのものである。新しい薬の候補を絞るのも、電池の材料を選ぶのも、突きつめれば電子がどう配置されるかの計算に行き着く。ところがこれを厳密に扱おうとすると、必要な計算量は扱う原子の数に対して急激に膨らみ、ある大きさから先は手が出なくなる。
ここに量子計算への期待が集まってきた。原理からして、この種の計算にこそ向いているはずだ、と。実際、どこまで大きな系に届いたかという報告は年々更新されている。
ただ、期待を確かめるには、届いた先だけでなく比べる相手が今どこにいるかも見なければならない。量子が効き始める境目は、量子側の性能だけで決まるのではなく、同じ問題を古典の計算機がどこまで解けるかで決まるからだ。相手が前に進めば、境目はそのぶん後ろへ下がる。「ここまで届いた」という報告と「まだ古典で足りる」という報告は、対立しているのではなく、同じ物差しの両端を指している。
量子が効き始める境目を動かしているのはどちら側なのか——届いた規模の報告と、古典側が押し返した報告を並べて読む。
量子計算は化学とマテリアルズの「未来のキラーアプリ」として語られ続けてきた。2026年に入って、量子と古典を組み合わせたハイブリッド計算は12,635原子のタンパク質–リガンド複合体まで到達したが、著者ら自身が「量子優位性の根拠とはみなさない」と明記した1。過去に古典の手が届かないとして発表された成果も、あとから古典手法に追いつかれた例が二つ報告されている2。2026年3月にはHosseini Jenabらが、量子アルゴリズムを100〜124量子ビット(量子情報を担う最小単位で、規模を表す指標)規模のままGPU上で古典的に走らせた。標準的な古典手法であるDMRGの精度を8系中7系で上回り、NISQ(雑音のある中規模量子計算)ロードマップの相当部分を「脱量子化した」と結論づけている。その結果、著者らは化学における量子優位性の位置が200量子ビット超にあるかもしれないと示唆する3。米エネルギー省が運用するあるHPC施設では全計算サイクルの30%超が化学・材料のDFT(密度汎関数理論、電子密度からエネルギーを近似的に求める手法)に費やされており、量子計算が優位に立ちうる範囲は、古典が苦手とする強相関(電子同士の相互作用が強い系)の領域に絞られている2。
12,635原子まで来た
タンパク質–リガンド複合体とは、酵素などのタンパク質に薬剤候補などの小分子(リガンド)が結合した状態を指す。結合の強さを第一原理から見積もる波動関数法は精密だが、原子数が増えるほど計算量が膨らみ、これまで小さな系にしか適用できなかった。
Merzらの研究チーム(クリーブランド・クリニック、理研R-CCS、IBM Quantum の計23名)は、量子埋め込みで分子をフラグメントに分割し、各フラグメントを量子と古典を組み合わせたHQC(Heterogeneous Quantum-Classical)法で解くワークフローを開発した1。対象にしたのは、トリプシンとベンズアミジンの複合体(12,635原子/31,795軌道。タンパク質境界から10Å以内に保持した水3,135分子を含む数字だ)と、T4リゾチームとn-ブチルベンゼンの複合体(11,608原子/28,844軌道)である。軌道とは電子が存在しうる空間的な広がりを表す関数で、数が多いほど計算コストが跳ね上がる。
量子側のハードウェアは156量子ビットのIBM Heron r2プロセッサ2台(ibm_clevelandとibm_kobe)で、実際に使ったのは最大94量子ビット、2台目のibm_kobeは最大40量子ビットである。9,200回の量子回路を実行し(うち58〜94量子ビットを使ったのは1,016回で、残りはより小さい回路だ)、100時間を超える計算時間をかけて13億回の測定結果を得た。古典側は理化学研究所のFugaku(158,976ノード)と、NVIDIA GH200を1,120ノード備えるMiyabi-Gを併用している。用いたアルゴリズムはEWF(Embedded Wavefunction)で、フラグメントの求解にはTrimSQDというソルバーを使う。
両者がどれだけの計算資源を食ったかは、論文の表VIIIに載っている。量子側の実機時間は2系合わせておよそ106時間、いずれも1ノードでの実行だ。対する古典側の対角化はFugakuで約67.8万ノード時、Miyabi-Gで約7,700 GPU時を要している1。Miyabi-Gは1ノードあたり1 GPUなので、ノード時に揃えて足すと古典側は約68.6万ノード時になり、比はおよそ6,500倍である。原典がこの比を書いているわけではなく、表の値を合算すると出てくる数字だ。そしてこれは量子側が6,500倍速いという意味ではない。 量子側が担うのはサンプリングだけで、対角化という重い工程は丸ごと古典側にある——同じ問題を単独で解いた二者の比較ではないから、性能比としては読めない。著者ら自身が量子優位性の根拠とみなさないと明記しているのは、この非対称のためでもある。
成果として著者らは、従来の最先端と比べて系のサイズで40倍を超える増加、精度で最大210倍の改善、72.5%の並列効率を報告している1。
著者自身が「優位性ではない」と書いている
著者らは「we do not regard the results reported here as basis of a quantum advantage claim」と明記する。そのうえで、この結果は二つのことの兆候だと続ける1。一つは「(i) HQC methods are becoming more accurate and efficient」。もう一つは「(ii) progress in computational implementation can further enhance the performance of classical methods」だ。後者は、計算実装の進歩が古典手法の性能をさらに引き上げうる、という意味だ。実際そのあと著者らは、今回の高速化を担った線形代数カーネル SBD-G を古典側のSCI実装へ統合することを今後の目標に挙げている。量子優位性の根拠とはみなさないという慎重さは、自分たちの成果の一部が古典側の底上げに使えるという認識と組になっている。
著者らがこの結論を「As a consequence(その結果として)」と受けているのは、直前で比較の条件を自ら明かした段落である。TrimSQD の速さの主因は SBD-G という実装上の工夫だ、と著者らは書く。比較相手も明かしている——「specific CPU-based open-source implementations of SCI and DMRG without particularly developed parallelization strategies」、つまり特に並列化を作り込んでいないCPU版の古典ソルバだった1。
別の慎重さも記されている。結合エネルギーは、対象の2複合体をEWF–CCSDとEWF–TrimSQDの二手法で解いた4通りすべてで正の値になった(+9.30〜+35.89 kcal/mol)1。原典の符号規約 Ebinding = Ebound − Eunbound − Eligand では正は「複合体のほうが高エネルギー=結合しない」を意味する。実測では強く結合する系であり、著者らはこれを「too positive」と表現している。原因としては、使用した基底関数系(分子内の電子分布を近似的に表現する関数の集合)がSTO-3Gという最小限のものであることと、フラグメント構成パラメータの選び方を「likely causes(有力な原因)」として挙げ、その検証は今後の課題だとしている。STO-3Gは精度より計算コストの軽さを優先した粗い設定にあたる。
主張は、あとから古典に追いつかれてきた
EisertとPreskillは、量子優位性へ至る道のりに残る四つの「隙間」を整理した論文の中で、発表当初は古典の手が届かないとされ、あとから古典計算で再現された事例を二つ挙げている2。
一つ目は、IBMが127量子ビットの2D kicked Isingモデルで示した量子ユーティリティ(優位性の主張には至らないが、実用規模で古典を上回るとする主張)である。この結果は「were quickly matched by classical calculations using both tensor-network methods and sparse Pauli dynamics」と評される2。テンソルネットワーク法(量子状態の膨大な自由度から重要な相関だけを抜き出し圧縮して古典計算機で扱う手法群)とスパースPauli力学という二種類の古典計算に、すぐ追いつかれたことになる。
二つ目は、D-Waveがスピングラスの動力学について古典の手が届かないとした報告である。こちらも「have been partially reproduced using classical tensor-network simulations」——古典的なテンソルネットワークシミュレーションによって部分的に再現された2。ただし原典は、この応酬をすぐさま古典側の勝ちとは読んでいない。二例の直後で、量子側と古典側のやり取りを「healthy back-and-forth」と評価しつつ、「making a fair comparison involves some subtleties」と留保する2。古典シミュレーションは小さな系に限られがちで、量子側の精度には限りがあり、しかも引き出せる情報は古典シミュレーションの出力からのほうが多い——量子側は何度繰り返し測っても、そこは埋まらないからだ2。本稿が最後に置く問い(同じ問題をいま古典が解けるか)にも、この留保はそのままかかる。
量子アルゴリズムを、古典で走らせる
Hosseini Jenabらは、量子アルゴリズムそのものを古典計算機で走らせた。彼らは工業的に重要なルテニウム触媒の電子構造ハミルトニアンを、100〜124量子ビット規模のままNVIDIAのGPU上で古典的にシミュレーションした3。
用いた手法はiQCC(iterative qubit coupled cluster)というアルゴリズムで、もともとは量子コンピュータ上での実行を想定して設計されたものだ。著者らはこの手法が「confines the variational evolution to a classically simulable operator subspace」——変分的な状態の発展を古典的にシミュレート可能な演算子の部分空間に閉じ込めると説明する3。この制約があるからこそGPU上で再現できる。
結果は、逐次実行のCPUアプローチと比べて「speedups exceeding two orders of magnitude」——二桁を超える高速化を達成し、基底状態計算全体を1.2〜45時間で完了させた3。精度についても、標準的な古典手法であるDMRG(密度行列繰り込み群、強く相関した電子系を扱うために考案された古典アルゴリズム)を上回ったと報告している。ただし本文はより限定的だ。DMRG-CIのエネルギーを変分的に下回ったのは8系中7系で、残る1系ではiQCCのほうが6.8 mHa高い。下回った幅は0.33〜1.8 mHaだった3。しかも比較相手のDMRG-CI値は別論文(von Burg ら 2021)の公表値で、著者ら自身が「軌道順序の工夫や結合次元・スイープ数の増加で下げられる(ある系では−1.7 mHa)」と注記している——主張された差と、認められている改善余地は同じ桁にある。
同じ論文は、8系のうちXVIII系についてはCAS(100e,100o)、量子ビット数にして200まで規模を広げた実行も報告しており、NVIDIA Blackwell B300上で3.49時間で完了したとする3。ここから彼らは「extending classical tractability to the 200-qubit regime on commodity GPU hardware」——市販のGPUハードウェア上で、古典的に扱える範囲を200量子ビット領域まで広げた——と書く。ただしDMRG-CIとの精度比較を行ったのは112量子ビット(CAS(64e,56o))までであり、200量子ビットの実行が示しているのは規模と実行時間である。
この結果を受けて著者らは、自分たちの成果が「effectively de-quantize a significant portion of the NISQ roadmap」だと述べる3。NISQロードマップの相当部分を事実上脱量子化した、という意味だ。原典がここで対比させているのは、化学の量子優位性が現れる境界を約50量子ビットに置いてきた従来の想定である——「quantum advantage for chemistry is often assumed to emerge beyond ∼50 qubits」。その境界は「significantly further—potentially past 200 qubits」、つまり200量子ビットを大きく超えた先にあるというのが彼らの示唆で、押し戻し幅は4倍以上になる。
狙いは「強相関の隅」だ
EisertとPreskillは、米エネルギー省が運用するあるHPC施設の最近の推計として「over 30% of compute cycles are spent on density functional theory computations for chemistry and materials science」を引いている2。その施設の全計算サイクルの30%超が化学・材料のDFT(密度汎関数理論、電子密度から系のエネルギーを近似的に求める手法で、現在の化学計算の主力)に費やされている、という意味だ。同じ推計では格子QCDが18%超、DFT以外の化学アルゴリズムは約2.6%にとどまる。この領域は古典計算機が現に、しかも大量に処理している。量子計算が優位性を示す標的は「the (now) relatively small ‘strongly correlated’ corner of chemistry and materials research, where classical methods falter」だと彼らは述べる2。古典手法が苦戦する、いまとなっては相対的に小さな「強相関」(電子同士の相互作用が強く、単純な近似では振る舞いを記述しきれない系)の隅に絞られるという意味だ。
CastaldoとReiherはこの文脈で、Toshioらによる先行研究を引用している。それによれば、8×8サイトのHubbardモデル(現在の古典計算能力では厳密解が得られないとされるモデル)の選ばれた固有値を推定するプロトコルは、逐次実行でおよそ10日を要すると見積もられている4。これはCastaldoとReiherが自ら測定した数字ではなく、彼らが引用する形で紹介しているものである。
CastaldoとReiherは、同じ問いに別の角度から接近する。量子アルゴリズムの開発は台頭しつつある量子ハードウェアの制約の変化に適応しなければ、計算化学実務での優位性を達成できないと論じる4。そのうえで、コンパイル体制を論じた結論部で率直に「To date, no clear demonstration of a useful quantum advantage has been achieved yet」と書く——有用な量子優位性の明確な実証は、まだ達成されていないという意味だ4。要旨のほうには、本稿の題そのものにあたる一文がある。「the continuous advancement of classical wavefunction-theory methods narrows the window for a broad quantum advantage」——古典の波動関数理論が進むほど、広い量子優位性の窓は狭まる4。二人の主張は、強相関分子だけを狙うのではなく「weakly correlated (single-reference) structures」——弱く相関した、単一の参照配置で近似できる構造を高スループットの計算パイプラインに統合する必要がある、というものだ4。
ここで二本の出典は交差する。Hosseini Jenabらが解いたルテニウム触媒は、von Burgらが2021年に量子計算の応用先として提案し、電子積分ファイルまで公開した系である。iQCC論文はその複合体群を「class-2」——古典手法にとって最も難しい標的であり、量子アルゴリズムの自然なベンチマークとされる多配置電子構造の分類——の例だと書く3。その class-2 という分類を導入したのはMörchenら2024の論文で、共著者にMarkus Reiherが入っている。CastaldoとReiherも同じ class-2 を「very hard to handle on classical computers and therefore considered as ultimate targets for quantum computation」と呼ぶ4。古典計算機では扱うのが非常に難しく、それゆえ量子計算の究極の標的とみなされる、という意味だ。その標的に指名された系が、いまはGPU上の古典計算で1.2〜45時間のうちに解かれている。
どこまで来れば効くのか
誤り訂正(量子ビットが受ける雑音由来のエラーを検出・修正し、計算結果の信頼性を保つ仕組み)の観点から見た敷居も、EisertとPreskillは具体的な数字で示している。物理的な2量子ビットゲートの誤り率はしきい値のおよそ10⁻²を下回る必要があり、たとえば物理誤り率を10⁻³と仮定すると、論理誤り率10⁻¹¹を得るには表面符号の符号距離が d ≈ 19 必要になる。論理量子ビットとは、複数の物理量子ビットを組み合わせ誤り訂正を施し、安定した量子ビットとして扱えるようにしたものだ。彼らはこれを、補助量子ビットと論理ゲートのオーバーヘッドまで含めると論理量子ビット1個あたりおよそ10³個の物理量子ビットにあたるとする。原典が置いている想定は、10³個の論理量子ビットを10⁸ステップ動かす高度に並列なアルゴリズムであり、その規模なら物理量子ビットは全体で約10⁶個になる。原典はそこに「far beyond the scale of current devices」——現行機の規模をはるかに超える——と付している2。
では、どこまで行けば「広く有用」なのか。EisertとPreskillは自前の推計ではなく他者の見積もりを引く形で、その目安を「about 10¹² such operations (a teraquop) or more」——2量子ビット演算にしておよそ1兆回以上に置いている2。今日の最も高性能なNISQ機が実行できるのは同じ演算で1万回未満だから、目標との差は8桁ある。その途中に「megaquop」(10⁶回の演算規模)、「gigaquop」(10⁹回の演算規模)という段階を通ると彼らは想定している。ただし時間軸についての明言は、この段階論に付いたものではない。付いているのは、その手前にある耐故障性への移行のほうだ。誤り率が桁違いに改善したマシンへの移行は「will unfold gradually on a timescale that remains highly uncertain」——大規模量子計算機の構築が途方もない工学的挑戦だからである2。
次の発表を、どう読むか
ここで挙げる二つの問いは本稿自身の読み方であり、四本の論文いずれの結論でもない。次に量子化学の優位性を主張する発表を見かけたとき、量子ビット数の大きさそのものを判断材料にする必要はない。問うべきは二つある。第一に、同じ問題をいま古典手法——GPU上のiQCC、テンソルネットワーク法、DMRGなど——が解けるかどうか。第二に、その問題が実際に強相関の隅、つまり古典手法が苦戦する領域に入っているかどうかである。
三つ目の基準は、本稿ではなく出典の側が置いている。CastaldoとReiherが持ち出すのは、強相関の難物だけでなく弱相関の問題まで日常的に回せて初めて量子計算は古典の真の競合になる、という条件つきの話だ。活性空間を定義する必要のない系では、基準手法はCCSD(T)(電子相関を高い精度で扱う、実務の標準にあたる古典手法)のままだ。だから量子計算化学は「the runtime needed to reach chemical accuracy with CCSD(T)」——化学的精度に届くまでにCCSD(T)が要する実行時間——と比べなければならない、と彼らは書く4。速さを主張するなら、相手はその時点で現場が実際に使っている古典手法でなければならない、ということだ。
12,635原子まで届いたハイブリッド計算は規模の記録として意味を持つが、著者ら自身が優位性の根拠とはみなさないと明言している1。100〜124量子ビット規模の化学問題は、2026年の時点でGPU上の古典計算に脱量子化されている3。境界の位置は、次に古典側が何を解いたかを見て測り直すことになる。
この報告を、どう割り引くか
四本はいずれもプレプリントであり、査読を経ていない。CastaldoとReiherの論文は実験結果を報告するものではなく、パースペクティブ(展望)論文という位置づけであることに注意が要る4。Hosseini Jenabらの結果は、量子アルゴリズムを古典計算機上でシミュレートしたものであり、量子ハードウェアが何かに失敗したことを示す結果ではない3。EisertとPreskillが示した誤り率や物理量子ビット数の敷居は、物理誤り率10⁻³を仮定した見積もりであり、技術が進歩すれば数値そのものも動きうる2。四本の投稿時期は2025年10月から2026年5月にまたがっており、この分野の状況は数か月単位で更新され続けている。
出典4件
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Kenneth M. Merz Jr., Akhil Shajan, Danil Kaliakin, Fangchun Liang ほか(計23名), “Crossing the 12,000-atom barrier with heterogeneous quantum-classical supercomputing: quantum chemistry of protein-ligand complexes”(arXiv:2605.01138, 2026年5月1日投稿)。査読前のプレプリントである。トリプシン–ベンズアミジン複合体(12,635原子/31,795軌道、タンパク質境界から10Å以内に保持した水3,135分子を含む)とT4リゾチーム–n-ブチルベンゼン複合体(11,608原子/28,844軌道、同じく保持水2,986分子を含む)を対象に、量子埋め込みでフラグメント分割したうえでHQC法(EWFアルゴリズム、TrimSQDソルバー)を適用した。156量子ビットのIBM Heron r2を2台(最大94量子ビット使用)、9,200回の量子回路実行、100時間超、13億回の測定結果を用い、古典側はFugaku(158,976ノード)とMiyabi-G(GH200を1,120ノード)を併用した。従来比で系サイズ40倍超、精度最大210倍、72.5%の並列効率を報告する一方、著者らは「we do not regard the results reported here as basis of a quantum advantage claim」と明記し、結合エネルギーは2複合体を二手法で解いた4通りすべてで正(+9.30〜+35.89 kcal/mol)になった——原典の符号規約 Ebinding = Ebound − Eunbound − Eligand で正は「結合しない」を意味する——として「too positive」と表現し、STO-3G基底関数系とフラグメント構成パラメータの選択を「likely causes」に挙げ検証は今後の課題とした。優位性を否認する一文は「(i) HQC法が正確・効率的になりつつある」と「(ii) 計算実装の進歩は古典手法の性能をさらに引き上げうる」の二つの兆候として続き、比較相手が「特に並列化を作り込んでいないCPU版のSCI/DMRGオープンソース実装」であったことを自ら明かした段落を受けている。https://arxiv.org/abs/2605.01138 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7 ↩8
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Jens Eisert, John Preskill, “Mind the gaps: The fraught road to quantum advantage”(arXiv:2510.19928, 2025年10月22日投稿/2026年5月21日改訂)。査読前のプレプリントである。量子優位性への道に残る四つの隙間(誤り緩和から能動的な誤り検出・訂正へ、初歩的な誤り訂正からスケーラブルな耐故障性へ、初期のヒューリスティクスから成熟した検証可能なアルゴリズムへ、探索的シミュレータから信頼できる量子シミュレーションでの優位性へ)を整理する。IBMの127量子ビット2D kicked Isingモデルの主張がテンソルネットワーク法とスパースPauli力学で追いつかれたこと、D-Waveのスピングラス動力学の主張が古典テンソルネットワークシミュレーションで部分的に再現されたことを報告する。米エネルギー省が運用するあるHPC施設の推計として、その施設の全計算サイクルの30%超が化学・材料のDFT計算に費やされている(格子QCDが18%超、DFT以外の化学アルゴリズムは約2.6%)と引用したうえで、量子優位性の標的を強相関の隅に絞る。物理ゲート誤り率はおよそ10⁻²未満が必要で、論理誤り率10⁻¹¹には、物理誤り率10⁻³を仮定すると符号距離 d ≈ 19、補助量子ビットと論理ゲートのオーバーヘッドを含めて論理量子ビットあたりおよそ10³個の物理量子ビットが要ると見積もる。全体で約10⁶個という数字は、10³個の論理量子ビットを10⁸ステップ動かすアルゴリズムを想定したときのもので、原典は「far beyond the scale of current devices」と付している。広く有用なFASQ機に必要な演算規模の目安は、他者の見積もりを引く形で約10¹²回(teraquop)以上とし、そこへ至る途中にmegaquop(約10⁶回)・gigaquop(約10⁹回)の段階を置く。「a timescale that remains highly uncertain」と書かれているのはこの段階論ではなく、NISQからFASQへの移行そのものである。https://arxiv.org/abs/2510.19928 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7 ↩8 ↩9 ↩10 ↩11 ↩12 ↩13
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Seyyed Mehdi Hosseini Jenab, Brandon Henderson, Scott N. Genin, “Parallel iQCC Enables 200 Qubit Scale Quantum Chemistry on Accelerated Computing Platforms Surpassing Classical Benchmarks in Ruthenium Catalysts”(arXiv:2603.08883, 2026年3月9日投稿)。査読前のプレプリントである。工業的に重要なルテニウム触媒の電子構造ハミルトニアンを100〜124量子ビット規模でNVIDIAのGPU上に古典的にシミュレートした。うちXVIII系はCAS(100e,100o)=200量子ビットまで広げてB300上で3.49時間で完了しており、原典は「extending classical tractability to the 200-qubit regime on commodity GPU hardware」と書く(DMRG-CIとの精度比較は112量子ビットまで)。対象8系はvon Burgら (2021) が電子積分を公開したCO₂固定触媒サイクルの錯体で、原典はこれを「class-2」(Mörchenら2024の分類で、古典手法にとって最も難しい標的)の例と位置づける。iQCCアルゴリズムは変分的発展を「classically simulable operator subspace」に閉じ込めるとし、逐次CPU比で二桁を超える高速化、1.2〜45時間での基底状態計算完了、DMRGを上回る精度を報告する——ただし本文では8系中7系で DMRG-CI を変分的に下回り(残る1系は6.8 mHa高い)、幅は0.33〜1.8 mHa。比較相手は von Burg ら (2021) の公表値で、著者らは軌道順序や結合次元・スイープ数の調整で下げられる(ある系で−1.7 mHa)と注記している。結論として「effectively de-quantize a significant portion of the NISQ roadmap」とし、化学における量子優位性の位置を「potentially past 200 qubits」と示唆する。https://arxiv.org/abs/2603.08883 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7 ↩8 ↩9 ↩10
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Davide Castaldo, Markus Reiher(ETH Zurich, Department of Chemistry and Applied Biosciences), “Utility-scale quantum computational chemistry”(arXiv:2603.19081, 2026年3月19日投稿)。査読前のプレプリントであり、実験研究ではなくパースペクティブ論文である。Full QEM、Mixed QEM/QED、Mixed QED/QEC、Full QECという四つのコンパイル体制を軸に議論し、Toshioらによる8×8サイトのHubbardモデルの固有値推定プロトコル(逐次実行でおよそ10日と見積もられる)を引用する。「To date, no clear demonstration of a useful quantum advantage has been achieved yet」と明言し、実務的有用性には強相関分子だけでなく弱相関(単一参照)構造への高スループットパイプライン統合が必要だと論じる。比較の基準についても「quantum computational chemistry must compare to the runtime needed to reach chemical accuracy with CCSD(T)」と述べ、量子側の主張はCCSD(T)が化学的精度に達するまでの実行時間と突き合わせるべきだとする(活性空間を定義する必要のない系では基準手法がCCSD(T)のままだ、という文脈での発言である)。https://arxiv.org/abs/2603.19081 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7 ↩8
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