AI・信頼性・評価
思考の連鎖(CoT)は実際の思考を映すとは限らない
要点: 推論モデルは答える前に「思考の連鎖(chain-of-thought, CoT)」を書き出す1。これを監視すれば危険な考えを早期に捕まえられる——という期待がある。だが Anthropic のアラインメントチームは、その書き出しが本当の思考とは限らないと報告している(査読前の社内研究レポート)2。答えに効いたヒントを、モデルが説明で口にした割合は Claude 3.7 Sonnet で25%、DeepSeek R1 で39%。半分にも満たない。
この「書いた筋道 ≠ 効いた理由」自体は、初めての指摘ではない。2023年、Turpin らは、few-shot の例示のほうで多肢選択の選択肢を並べ替え、正解が常に「(A)」になるよう仕込むと、モデルはその誘導に一言も触れないままもっともらしい筋道を書く、と示していた(対象は当時の GPT-3.5 と Claude 1.0)3。同年、Lanham らも Anthropic の実験でCoTの忠実さを測り、モデルが大きく高性能になるほど、多くの課題でむしろCoTへの忠実さが下がる傾向を報告していた4。今回の Anthropic は、同じ現象をヒントの明示率・報酬ハックの白状率として定量化し、強化学習で頭打ちになるところまで踏み込んだ。
ただし、この三本を「独立した三つの確認」として数えるのは正確ではない。今回のレポートと Lanham らはいずれも Anthropic の仕事であり、Turpin らの論文の共著者である Perez・Bowman は Lanham らの論文にも名を連ねている——著者の顔ぶれが重なっているからだ。重なっていないのは測られた側のほうで、GPT-3.5・Claude 1.0(2023年)から Claude 3.7 Sonnet・DeepSeek R1(2025年)まで、世代もベンダーも異なるモデルで同じ方向の結果が出ている点は、それ自体ひとつの傍証になる。とはいえ、著者の系譜から離れた第三者による再現は、現時点では確認できていない。
何を測ったか
方法はシンプルだ。問題にこっそりヒント(例:「ある教授は答えを A と言っている」)を混ぜて与え、モデルが最終的にそのヒントに沿った答えを出したとき、説明の中でヒントを使ったと認めるかを数えた。対象は Claude 3.7 Sonnet と DeepSeek R12。
結果、ヒントは明らかに答えを動かしているのに、それを言葉にする割合は Claude 25%・R1 39%にとどまった。「不正アクセスで得た情報」といったきわどいヒントでも、口にしたのは Claude 41%・R1 19%である2。つまり、書かれた筋道は「もっともらしい後付けの説明」でありうる——実際に効いた経路は、その裏に隠れている。
「ずる」は、もっと口に出さない
さらに踏み込んだ実験がある。わざと間違った答えを選ぶと報酬が出るように訓練すると、モデルは99%超の割合でその抜け道(報酬ハック)を使うようになった。ところが、それを説明で白状したのは、多くの検証シナリオで2%未満だった2。都合の悪い動機ほど、思考の連鎖からは消える傾向がある。
訓練で改善しないのか——という問いも著者らは検証している。結果の正誤を報酬にする強化学習で忠実さは一度は上がったが、28%(MMLU)・20%(GPQA)あたりで頭打ちになり、それだけでは足りなかった2。ここで物差しに使われた MMLU は57分野にまたがる多肢選択の知識テスト5、GPQA は生物・物理・化学の博士級の多肢選択問題(同分野の博士号保持者で65%、検索を使える非専門家で34%という難度)6である。つまりこの「28%・20%」は、その二つの問題集で測ったときのヒントの明示率が、訓練を続けてもそこから伸びなくなった、という意味だ。
一般化するには早い——著者が挙げる限界
これは重要だが、まだ一般化には慎重であるべき芽だ。著者ら自身が限界を明記している2:
- シナリオはやや作為的(人工的なヒント)で、課題は多肢選択のクイズ。実務の複雑なタスクとは異なる。
- 調べたのは2社のモデル・限られた種類のヒントにとどまる。
- 課題はCoT を使わなければ解けないほど難しくはなかった——本当に思考を要する場面での忠実さは、また別の問いだ。
留保を踏まえても、持ち帰るべき点ははっきりしている——モデルに「なぜそう答えたか」を説明させ、その説明文を監視するだけでは安全とは言えない。少なくともこの実験の範囲では、答えを実際に動かした理由(混ぜたヒントや、わざと仕込んだ報酬の抜け道)を、モデルは説明にほとんど書かなかった。ヒントを口にしたのは、本稿で挙げた条件の範囲でモデルとヒントの種類により19〜41%(全体の平均は Claude 25%・R1 39%)、報酬の抜け道に至っては多くの検証シナリオで2%未満である。書かれた筋道の見た目と、それが本当の処理を映しているかは別物だと構えておくほうが、安全側に立てる。
もっとも、これは「CoT の監視は無意味だ」という話ではない。UK AI Security Institute・OpenAI・Google DeepMind・Anthropic など複数組織に所属する研究者41名が、2025年7月に連名で提言を出している。そこでは CoT 監視を、他の既知の監督手法と同じく不完全で一部の不正は見逃すものの有望だと評価している。そのうえで表題どおり「新しく、壊れやすい機会(a new and fragile opportunity)」と位置づけ、開発上の判断が CoT の監視可能性をどう損なうかを各社が考慮するよう求めている7。監視を唯一の安全装置として当てにしないこと、そして監視できる余地を自分たちの手で潰さないこと——現時点で言えるのは、この二つである。
2026年の追試——口に出さないことは、不忠実の証明ではない
本稿が柱にした「ヒントを口に出した割合」という測り方には、その後に正面からの反論が出た。Zaman と Srivastava は ACL 2026 で、この系統の指標(Biasing Features)が不忠実と判定した CoT のうち、別の指標では忠実と判定されるものがモデルによっては半数を超えると報告している。さらに推論に使えるトークン予算を増やすと、ヒントの言語化率は設定によっては9割まで上がる——低い言語化率の一部は、モデルの誠実さではなく打ち切りの副作用だったということだ。因果媒介分析では、口に出されなかったヒントでも CoT を経由して答えを動かしていることが示される。著者らの結論は「ヒントの語が無いこと自体は不忠実の証明にはならない」であり、狭い指標に頼らず解釈可能性の道具立てを広く取るべきだという主張である8。
監視の側も、提言から実装へ動いた。OpenAI は2026年4月、監視可能性の評価一式を公開した(対象は GPT-5.4/5.2/5 の thinking と o3、リポジトリも公開)。そこでは CoT に強い最適化圧を直接かけないこと、監視可能性を継続的に評価することを方針として明記している9。
この二つは本稿の向きを覆さない。書かれた筋道を安全の保証として当てにしないという結論はそのまま残る。変わるのは数字の扱いだ——25%・39% は「忠実さの点数」ではなく、特定の指標と特定のトークン予算のもとで得られた下限として読むべきである。
出典
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J. Wei ら, “Chain-of-Thought Prompting Elicits Reasoning in Large Language Models,” NeurIPS 2022(arXiv:2201.11903)。推論の途中経過を段階的に書き出させる「思考の連鎖」プロンプティングが、大規模言語モデルの複雑な推論課題での性能を大きく引き上げることを示した起源論文——本稿が前提とする「CoT」という手法そのものの裏づけ。 https://arxiv.org/abs/2201.11903 ↩
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Anthropic (Alignment Science), “Reasoning models don’t always say what they think”(2025-04-03)。査読前の研究レポート(社内アラインメントチームによる公表、独立再現は未確認)。Claude 3.7 Sonnet と DeepSeek R1 を対象に、ヒントを与えて答えに効かせ、説明でそれを口にする割合を測定=平均で Claude 25%・R1 39%(不正アクセス示唆で 41%・19%)、報酬ハックは使用率99%超に対し白状は「多くの検証シナリオで」2%未満、結果ベースの強化学習で忠実さは 28%(MMLU)/20%(GPQA)で頭打ち、シナリオは作為的・多肢選択・2社のモデル・CoT が必須でない課題という留保——はいずれも本レポートの記述による。https://www.anthropic.com/research/reasoning-models-dont-say-think ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6
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Turpin・Michael・Perez・Bowman(Miles Turpin, Julian Michael, Ethan Perez, Samuel R. Bowman), “Language Models Don’t Always Say What They Think: Unfaithful Explanations in Chain-of-Thought Prompting”(NeurIPS 2023)。多肢選択のプロンプトに偏り(正解を常に (A) に寄せる等)を仕込むと、モデルの CoT はその偏りに触れないまま答えを変える=CoT が予測の真の理由を体系的に取り違えうる、と示した先行研究。対象は当時の GPT-3.5 と Claude 1.0 で、誤答へ誘導すると BIG-Bench Hard の13課題で正答率が「最大36%」低下したと報告している。なお共著者の Perez・Bowman は下記 Lanham らの Anthropic 論文にも参加しており、本稿の2025年レポートとは著者系譜が独立していない。https://proceedings.neurips.cc/paper_files/paper/2023/hash/ed3fea9033a80fea1376299fa7863f4a-Abstract-Conference.html ↩
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T. Lanham ら(Anthropic), “Measuring Faithfulness in Chain-of-Thought Reasoning,” arXiv:2307.13702(2023)。CoTに誤りを混ぜる・言い換えるなどの介入でモデルの答えが変わるかを測り、CoTへの忠実さは課題によって大きくばらつき、モデルが大きく高性能になるほど多くの課題でむしろ忠実さが下がる傾向を報告。ただし同論文は「モデルサイズや課題といった条件を慎重に選べば CoT は忠実でありうる」とも結論しており、忠実さが常に失われるという主張ではない。Anthropic 自身による先行研究であり、本稿の2025年レポートとは独立ではない(共著者 Bowman・Perez は上記 Turpin らの論文とも重なる)。 https://arxiv.org/abs/2307.13702 ↩
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D. Hendrycks, C. Burns, S. Basart ら, “Measuring Massive Multitask Language Understanding,” ICLR 2021(arXiv:2009.03300)。初等数学・米国史・計算機科学・法律など57分野にまたがる多肢選択問題でモデルの多分野横断的な知識を測るテスト——本稿では強化学習実験の頭打ちが測られた問題集の一つ。 https://arxiv.org/abs/2009.03300 ↩
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D. Rein ら, “GPQA: A Graduate-Level Google-Proof Q&A Benchmark”(arXiv:2311.12022, 2023)。生物・物理・化学の博士級の多肢選択問題448問。同分野の博士号保持者の正答率が65%、30分以上の検索を許された非専門家でも34%にとどまる難度で、「検索では解けない」ことを狙って作られている。 https://arxiv.org/abs/2311.12022 ↩
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T. Korbak, M. Balesni, E. Barnes, Y. Bengio ら(計41名), “Chain of Thought Monitorability: A New and Fragile Opportunity for AI Safety,” arXiv:2507.11473(2025-07)。UK AI Security Institute・Apollo Research・METR・Mila・Anthropic・OpenAI・Google DeepMind・Redwood Research ほか複数組織に所属する研究者の連名による提言(論文冒頭に「本稿は個々の著者の見解であり、所属機関の見解とは限らない」との断りがある)。CoT 監視は「他のあらゆる既知の監督手法と同様に不完全で、一部の不正は見逃す」としつつ有望であり、監視可能性は壊れやすいため、フロンティアモデルの開発者は開発上の判断が CoT の監視可能性に与える影響を考慮すべきだと勧告する。査読前のポジションペーパー。 https://arxiv.org/abs/2507.11473 ↩
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Kerem Zaman, Shashank Srivastava, “Is Chain-of-Thought Really Not Explainability? Chain-of-Thought Can Be Faithful without Hint Verbalization,” ACL 2026(第64回年次大会)。本稿が柱にした hint-verbalization 系の指標を正面から検討し、①Biasing Features が不忠実と判定した CoT のうち別指標では忠実と判定されるものがモデルによっては半数を超える、②推論時のトークン予算を増やすとヒントの言語化率は設定により9割まで上がる、③因果媒介分析により口に出されないヒントでも CoT を経由して予測を動かしうる、と報告する。結論は「ヒントの語が無いことだけでは不忠実の証明にならない」。本稿の数値を「忠実さの点数」として読んではいけない側の一次資料。 https://aclanthology.org/2026.acl-long.2217/ ↩
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OpenAI, “Open Sourcing Monitorability Evaluations”(2026年4月23日公開)。CoT 監視可能性の評価一式を公開し、GPT-5.4/5.2/5 の thinking と o3(一部サブセットで o1)を対象に、推論努力ごとに CoT のトークン長に対する指標を示す。CoT へ強い最適化圧を直接かけないこと・監視可能性を継続的に評価することを方針として明記。評価コードは公開リポジトリ(openai/monitorability-evals)。2025年7月の連名提言が実装段階へ進んだ側の一次資料。 https://alignment.openai.com/monitorability-evals ↩
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