音楽
チップチューンはなぜ“あの音”なのか——制約が生んだ音楽
上のプレーヤーで鳴っているのが、今回つくった一曲だ(C major・144 BPM)。ここでは 「chiptune bounce」 と名付けている——「chiptune(チップチューン)」はジャンル名だが、「chiptune bounce」はこの曲につけた私の呼び名で、世間一般の用語ではない。明るく、軽く、前へ跳ねていく——いわゆる「8ビットの音」だ。だが、この音の正体は懐古趣味ではない。ごくわずかな波形しか出せないチップという「制約」そのものが、このジャンルの美学になっている。曲単体ではなく、その制約の背景まで一緒に聴くと、なぜ“あの音”なのかが見えてくる。
チップチューンとは「チップのための音楽」である
チップチューンとは、性能の限られた特定のサウンドチップで鳴らすために書かれた音楽を指す1。発想が逆なのが面白い。普通は「鳴らしたい音」が先にあって機材を選ぶが、ここではチップが出せる音の種類が先に決まっていて、その狭い枠の中で曲を組み立てる。枠が音楽の形を決める——制約が先、表現が後、という構造だ。
“あの音”の出どころ:数えるほどの波形
象徴的なのが、ファミコン(NES=Nintendo Entertainment System)に載っていた Ricoh 2A03 というチップだ。音を出す部分(APU=Audio Processing Unit、音声処理ユニット)が持つのは、たった5チャンネル——矩形波(パルス波)が2つ、三角波が1つ、ノイズが1つ、それにサンプル音を鳴らす DPCM(Delta PCM=差分パルス符号変調)が1つである2。メロディは2つの矩形波、ベースは三角波、リズムはノイズ、という役割分担が基本になる。
三角波の作り方も独特だ。なめらかな三角ではなく、音量を16段の階段状(0→15→0)に刻んで作る。この“カクカク”した段差が、本来きれいな三角波には無いはずの高い倍音を付け足し、少しザラついた、ブザーのような質感を生む2。この質感は、設計上の副産物だった。「あの音」は、限られたチップの素の声なのである。豊かな音色のパレットではなく、数えるほどの波形——だからこそ、書き手の工夫が前に出る。
制約から生まれた文化:デモシーンとトラッカー、そしてGame Boy
チップチューンは1970年代末〜80年代、家庭用コンピュータの限界を競って引き出すデモシーンという地下文化の中で育った1。音楽はトラッカーと呼ばれる、音を時間軸の表に打ち込むソフトで作られた。
それを一気に大衆化したのが Game Boy だ。Nanoloop(1998)や Little Sound DJ(2000)といったソフトが登場し、ゲーム機が手のひらサイズの作曲機になった1。専用ハードを持ち歩いてライブをする文化も、ここから広がった。制約のある安価な機械が、むしろ表現の裾野を広げた——道具が貧しいほど、人は工夫で差をつける。
どう作るのか(一般論として)
作り方は大きく二系統ある。実機・実チップで鳴らす(2A03 や Game Boy を直接使う)か、チップの挙動をソフトで再現する(エミュレーションやVST音源)かだ。どちらも、矩形波・三角波・ノイズという限られた波形を組み合わせ、デューティ比(矩形波の幅)やアルペジオ(和音を高速に分解して鳴らし、和音感を出す手口)で“足りなさ”を補う。和音を同時に鳴らせるチャンネルが足りないから、高速に分散させて和音に聞かせる——制約を逆手に取った代表的な技法である。
この一曲の設計
この曲は NES風のチップチューンとして組まれている。役割分担は、まさに 2A03 の channel 構成のなぞりだ。
- リード:矩形波(パルス波)が主旋律を取る。
- アルペジオ:和音を 1/16 で駆け上がる高速分散で鳴らす——和音を同時に出せるチャンネルが足りないぶんを、速さで「和音感」に化けさせる、モノ音源の定番技である。
- ベース:三角波が低音を支える。
- ドラム:ノイズchが刻む。
コード進行は I–V–vi–IV、具体的には C–G–Am–F。これはポップスで最もよく使われる進行の一つで、明るく、どこか懐かしく、無限に回せる推進力を持つ。Cメジャーは♯も♭も付かない最も素直な明るい調で、8ビットの限られた音域でも輪郭がはっきり出る。144 BPMは人が自然に体を揺らすアップテンポ帯。タイトルの bounce(跳ねる)は、この「明るい四つの和音+前のめりのテンポ」が生む跳ねる推進感を指している。全体で約41秒——装飾を削ぎ、矩形波の輪郭で軽快さを出した、チップチューンの素直な一例である。
この曲について。この曲は、波形を一から計算する小さなプログラムでAIが合成したものだ(乱数はシード固定で、何度走らせても同じ音が出る=再現可能)。DAWや実機で演奏・録音したのではなく、コードによる音響合成である。In Silico では、これを「AIと一緒に音楽を作り、その仕組みを学ぶ」試みの一例として置いている。上で説明した設計(編成・進行・テンポ・展開)は、そのプログラムが実際に組み立てている内容そのものだ。
単調さをどう避けるか——チップチューンの“展開”
チップチューンの“狭さ”は、ただの制約ではない。限られたチャンネルでどう飽きさせないか——その工夫こそが書き手の腕の見せどころだ。この曲(約41秒)も、四つの和音(C–G–Am–F)のループを骨格にしつつ、ひとめぐりごとに表情を変えていく。チップチューンには、そのための定番の手筋がある3。
- 曲の骨格:短いイントロ → メインのループ → ブレイク(一度音を抜く) → 戻り、という流れが基本。強い8〜16小節のモチーフを軸に据える。
- 小さな変化を仕込む:4〜8小節ごとにさりげなく変える。メロディの終わり方を変える、装飾音(グレースノート)を足す、ベースやドラムのパターンを差し替える。
- 対比のBセクション:途中で雰囲気を変える。旋法(モード)を変える、あるいはアルペジオの速さを切り替えるだけでも、景色が変わる。
- 戻ったときに足す:メインに戻る瞬間に新要素を入れる。ベースのリズムを変えて推進力を足す、ハモリを重ねて厚くする、同じ進行を和音だけ付け替える(リハーモナイズ)。
- チャンネルの会話:リードのフレーズにベースが“返事”をする——コール&レスポンス。少ない声部でも、掛け合いにすると豊かに聞こえる。
- 音色のオートメーション:矩形波のデューティ比(波形の幅)を時間で変えるなど、固定パターンに微妙な揺らぎを与える。
そしてこの曲は、いま挙げた手筋を実際に使って組んである。流れはこうだ——イントロでドラムを少しずつ足して立ち上げ、Aセクションで本来のグルーヴに入る。続くBセクションでは、アルペジオを1オクターブ上げ、リードをより高い別のフレーズに差し替えて景色を変える(対比のBセクション+コール&レスポンス)。そのあと一小節だけ音をぐっと抜くブレイクで緊張をつくり、戻りではリードにオクターブのハモリを重ね、ベースを動かして推進力を足す。最後は短いフィルとエンディングの一撃で締める。「同じ枠の中で、いかに表情を変え続けるか」——制約が厳しいぶん、この“展開の工夫”が一曲の聴きどころになる。
制約は、今も新しい
チップチューンは懐古で終わらなかった。インディーゲームのサウンド、専用ハードを使ったライブ、ジャンルを跨いだ取り込み——「限られた音で、いかに豊かに聞かせるか」という問いは、今も作り手を惹きつけている。豊かな音源が無限に手に入る時代に、あえて狭い枠を選ぶ。枠があるほうが、何を残し何を捨てるかという判断が研ぎ澄まされるからだ。
chiptune bounce の明るい跳ねは、その系譜の上にある。数えるほどの波形で、軽さと推進感をどう作るか——制約こそが、この音楽のエンジンなのである。
出典
-
チップチューン(chiptune)=制限されたサウンドチップで鳴らすために書かれた音楽。1970年代末〜1980年代のデモシーンに起源を持ち、トラッカーで制作され、Game Boy の Nanoloop(1998)・Little Sound DJ(2000)が大衆化を後押しした。 https://en.wikipedia.org/wiki/Chiptune ↩ ↩2 ↩3
-
Ricoh 2A03(NES の 6502系CPU+APU=Audio Processing Unit)。APU は2つの矩形波(パルス波・4種のデューティ比)・三角波・ノイズ(LFSR)・DPCM(差分PCM)の5チャンネル。三角波は4ビット(16段)の音量を階段状に刻む方式で、その量子化(段差)が高次の倍音を加え、独特のザラついた質感を生む。 https://en.wikipedia.org/wiki/Ricoh_2A03 ↩ ↩2
-
チップチューンの編曲・展開の定石(イントロ→ループ→ブレイク→戻り、4〜8小節ごとの小変化、対比のBセクション=旋法やアルペジオ速度の切替、戻りでのリハーモナイズ/ハモリ追加、コール&レスポンス、デューティ比のオートメーション)。 https://soundfly.com/courses/arranging-in-four-channels ↩
この記事はAIが下書きし、人間が編集・公開しています。