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AI・信頼性・評価

AI創薬、Phase Iは好成績もPhase IIで急落、承認例なし

2026/7/27

目次
【課題】「AI創薬は成功率80〜90%」の実像同じ論文でPhase IIは40%に低下【手段】臨床データと独立レビューを照合するrentosertibの実試験と批判的論文を対比【結論】AIは前臨床を加速するが承認例はゼロDSP-1181中止が示す高い壁
※概念図(課題→手段→結論):AI創薬の「成功率」を段階別に見る

要点: AI創薬の臨床試験データが注目されている。約300社のAIネイティブ創薬企業を分析した研究では、臨床開発中のAI創薬薬剤67品目を特定し、このうちPhase Iの読み出しが出た分子の成功率は80〜90%と、論文が「業界の歴史的平均を大きく上回る」とする水準に達した1。生成AIが設計したTNIK阻害薬rentosertibは、71人規模のランダム化Phase 2a試験で、副次評価項目の肺機能が偽薬群を上回る方向の数値を示した(有効性を検定する設計ではない)2。だが同じ分析はPhase IIで成功率が40%まで落ち込み、全臨床フェーズ通過の総合確率は歴史的な5〜10%から9〜18%へ「ほぼ倍増」すると試算するが、これはPhase IIIに歴史的な成功率を当てはめた計算である1。さらに独立した二つのレビューは、AI創薬でPhase IIに進まず中止された事例3や、AI単独で発見された薬剤で正式承認に至った例が依然ゼロであることを指摘する4。数字は前半で強く、後半で弱い。

Phase Iの数字が語ること

Jayatungaらの分析は、2023年末時点で、世界およそ300社のAIネイティブ創薬企業を調べ、臨床開発段階にある67品目のAI創薬薬剤を特定した1。このうちAIが発見した標的を持つものは24品目、真に新規性のあるAI発見標的に限ると3〜9品目にまで絞られる。それでもPhase Iの成功率は80〜90%に達し、論文は「業界の歴史的平均を大きく上回る」と評価している1。ここでいう成功率は、そのフェーズを終えた分子のうち次のフェーズへ進んだ割合を指す。Phase Iは主に安全性・忍容性を確認する段階であり、この数字はAIが毒性や副作用の少ない分子を選ぶタスクに強いことを示唆する。創薬の初期スクリーニングでAIが機能している、という主張の根拠はここにある。

rentosertibという具体例

数字だけでなく、実際の試験結果も出てきている。Insilico Medicineの生成AIプラットフォームが標的TNIKを同定し設計したrentosertib(INS018_055)は、特発性肺線維症(IPF)患者71人を対象に、中国21施設でランダム化二重盲検プラセボ対照Phase 2a試験を実施した2。1日1回30mg、1日2回30mg、1日1回60mgの3用量とプラセボを12週間投与し、主要評価項目は「治療下で発現した有害事象を1件以上経験した患者の割合」で、全群で同程度だった(実薬 72.2〜83.3%、プラセボ 70.6%)。ここに合否のしきい値は無い——論文は No statistical comparisons of AEs between treatment groups were performed と明記している。副次評価項目の努力肺活量(FVC)では、60mg1日1回群が平均+98.4mL(95%信頼区間 10.9〜185.9)の改善を示し、プラセボ群は平均−20.3mL(同 −116.1〜75.6)の低下だった2。ただし各群は17〜18人で、サンプルサイズは安全性の実行可能性を見る前提で決められており、論文自身が統計的検出力に基づく症例数設計は行っていないと明記している——つまりこのFVC差は有効性を検出する力を持たない設計から出た数字で、信頼区間も広い2。AIが発見し設計した低分子化合物としては初のPhase 2aランダム化比較試験(原典の言い方は the first phase 2a ... randomized, placebo-controlled trial)で、これは仮説ではなく査読済みのデータである。なお同じ化合物のPhase 1(NCT05154240)も無作為化・二重盲検・プラセボ対照なので、「初のRCT」ではない。

同じ論文が示すPhase IIの失速

ここでJayatungaの分析に戻ると、話は単純ではない。Phase Iで80〜90%だった成功率は、Phase IIでは40%まで下がる1。ただし論文はこの40%について albeit on a limited sample size と明記している。ここで薄いのは患者数ではなくPhase II の読み出しまで進んだ分子の数で、Phase Iの数字ほど確度は高くない。歴史的なPhase II成功率と比べても際立った優位性は消える。Phase IIは有効性の初期評価を含む段階であり、安全性さえクリアすればよいPhase Iとは性質が違う。Jayatungaらはさらに、AIのPhase I・IIの実測成功率と歴史的なPhase III成功率を組み合わせ、分子が全臨床フェーズを通過する総合確率を試算している。結果は歴史的な5〜10%からAI創薬の9〜18%への上昇で、論文は「ほぼ倍増」と表現する。ただしこれはPhase I・IIの実測値に歴史的なPhase III成功率を掛け合わせた試算であり、AIがPhase IIIでも優位を保てるかは未検証のまま残る1。Phase Iの数字だけを見て成功率が上がったと結論づけると、同じ論文の後半部分を見落とすことになる。

二つの独立した批判

2025年から2026年にかけて発表された二つの査読レビューは、異なる角度から同じ結論に収束する。Niazi(2025)は、AIの主な効果は臨床での成功確率そのものを変えることではなく、前臨床段階の探索を加速することにあると指摘する3。「臨床開発を完了したAI設計化合物の数はまだ少なく、全体的な成功率について確定的な結論を出すのは時期尚早」だと明言し、具体例として、Exscientiaと大日本住友製薬が共同創出したDSP-1181を挙げる。Niaziのレビューは、DSP-1181がPhase Iで良好な安全性プロファイルを示しながらPhase IIに進むことなく開発中止に至った、と記述する3。ただしこの記述は中止理由を尽くしていない——「なぜ進めなかったのか」は公開情報から辿れないままだ。開発データベースの登録も、開発状況を Discontinued(Phase 1)とするだけで、理由の欄は非公開である5。AI設計化合物の第一号が臨床の早い段階で脱落したという事実は動かないが、その理由を語れる資料を本稿は持っていない

Shree HariniとEzhilarasan(2026)はさらに踏み込み、「AI単独で発見された薬剤で正式な規制当局の承認に至った例は、現時点で一つもない」と明記する4。医薬品R&Dの生産性が投資増加にもかかわらず低下し続けるという「Eroom’s Law」(Moore’s Lawの逆)を枠組みに、AIはまだこの傾向を反転させていないと結論づける。データの質とアクセス性の低さ、モデルの解釈可能性の欠如、計算予測と実際の化学的実現可能性のギャップといった課題が、承認までの壁として残っていると指摘する4

何が確立していて、何がまだなのか

主要な四つの論文・レビューを並べると、争いのない部分と争いのある部分が分かれる。争いのないのは、AIが前臨床・Phase Iの段階で分子選択を改善しているという点だ。Phase Iの成功率上昇1とrentosertibの具体的な試験結果2は、これを裏付ける実データである。争いがあるのは、この優位性がPhase II以降にも及ぶかどうかであり、Jayatunga自身の数字はPhase IIでの失速を示し1、Niazi3とShree Harini・Ezhilarasan4はサンプルの薄さと承認ゼロという事実を根拠に懐疑的な立場を取る。AIは創薬のどこかを速くしている。だが、それが最終的な成功率を変えているかどうかは、まだ実証されていない。

この報告を、どう割り引くか

Jayatungaの論文が示す80〜90%という数字は、同じ論文の中でPhase IIの40%と対になっている。前半だけを引用すれば実像を誤って伝えることになる1。rentosertibのPhase 2aは71人規模の単一試験であり、Phase 3の結果はまだ出ていない2。NiaziとShree Harini・Ezhilarasanのレビューは新しい実験データではなく、既存の臨床記録を読み直した論評である。DSP-1181の中止理由も、前述のとおり公開情報からは辿れない35。それでも、AI設計化合物の第一号が臨床の早い段階で脱落したことと、AI単独で発見された薬剤で正式承認された例が現時点でゼロであることは、少なくとも両レビューの定義の下では動かない事実として残る34。AI創薬は初期段階の選抜で結果を出しつつある。承認という最終関門を超えるかどうかは、rentosertibのPhase 3を含む今後の試験データが判断材料になる。

出典

  1. [positive] Madura KP Jayatunga, Margaret Ayers, Lotte Bruens, Dhruv Jayanth, Christoph Meier, “How successful are AI-discovered drugs in clinical trials? A first analysis and emerging lessons,” Drug Discovery Today 29(6), 2024. DOI: 10.1016/j.drudis.2024.104009 — 世界約300社のAIネイティブ創薬企業を分析し、臨床開発中のAI創薬薬剤67品目(うちAI発見標的は24品目、真に新規なAI発見標的は3〜9品目)を特定した。Phase Iの成功率は80〜90%で論文が「業界の歴史的平均を大きく上回る」とする水準だが、Phase IIでは40%まで低下する(論文は albeit on a limited sample size と明記。母数は患者数ではなく分子数)。AIのPhase I・II実測値と歴史的Phase III成功率を組み合わせると、全臨床フェーズ通過の総合確率は歴史的な5〜10%からAI創薬の9〜18%へと「ほぼ倍増」する。ただしこの総合確率はAIのPhase I・II実測値に歴史的なPhase III成功率を掛け合わせた試算であり、Phase IIIにおけるAIの優位性を実測したものではない。論文はPhase IIの40%を「歴史的な業界平均と同水準」と位置づけている。https://doi.org/10.1016/j.drudis.2024.104009 2 3 4 5 6 7 8 9

  2. [positive] “A generative AI-discovered TNIK inhibitor for idiopathic pulmonary fibrosis: a randomized phase 2a trial,” Nature Medicine, published June 3, 2025. DOI: 10.1038/s41591-025-03743-2 — Insilico Medicineの生成AIプラットフォームが標的TNIKを同定し設計したrentosertib(INS018_055)について、特発性肺線維症患者71人・中国21施設を対象にしたランダム化二重盲検プラセボ対照Phase 2a試験(GENESIS-IPF)。主要評価項目は「治療下で発現した有害事象を1件以上経験した患者の割合」で、全群で同程度(実薬 72.2〜83.3%・プラセボ 70.6%)。群間の統計比較は行われておらずNo statistical comparisons of AEs between treatment groups were performed)、あらかじめ定めた合格基準を持つ種類の評価項目ではない。副次評価項目のFVCでは60mg1日1回群が平均+98.4mL(95%CI 10.9〜185.9)の改善、プラセボ群は平均−20.3mL(同 −116.1〜75.6)の低下を示した。各群の症例数はプラセボ17・実薬各18で、論文は「1治療群あたり約15例あれば真の発現率15%の有害事象を1件以上観測する確率は90%」という安全性の実行可能性評価に基づく設定であり、統計的検出力に基づく症例数計算は行っていないと明記している。原典が「初」と言うのは the first phase 2a であって「初のRCT」ではない——同化合物のPhase 1(NCT05154240)が既に無作為化・二重盲検・プラセボ対照である。なお2024年11月のトップライン発表段階ではプラセボ群のFVC変化は−62.3mLと公表されていたが、査読論文では−20.3mLに置き換わっている。https://doi.org/10.1038/s41591-025-03743-2 2 3 4 5 6

  3. [negative] Sarfaraz K. Niazi, “Artificial Intelligence in Small-Molecule Drug Discovery: A Critical Review of Methods, Applications, and Real-World Outcomes,” Pharmaceuticals 18(9), 1271, 2025. PMID: 41011141 — AIの主な効果は臨床成功確率そのものではなく前臨床の探索加速にあると指摘し、「臨床開発を完了したAI設計化合物はまだ少なく、全体的な成功率について確定的結論を出すのは時期尚早」と明言する。ExscientiaのDSP-1181がPhase Iで良好な安全性を示しながらPhase IIに進まず中止された例を挙げ、多くの「成功」事例が事前予測ではなく事後的な検証であることも指摘する。結論としてAIは「補完的なツール」であり、パラダイムシフトではないとする。https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12472608/ 2 3 4 5 6

  4. [negative] Karthik Shree Harini, Devaraj Ezhilarasan, “Has AI Reshaped Drug Discovery, or Is There Still a Long Way to Go?” Drug Development Research 87(2), e70257, April 2026 — 10年以上にわたるAI創薬研究と複数のAI関連分子の臨床試験到達にもかかわらず、「AI単独で発見された薬剤が正式な規制当局の承認に至った例は現時点でない」と明記する。医薬品R&Dの生産性低下を示す「Eroom’s Law」を枠組みに、AIはまだこの傾向を反転させていないと論じる。データの質・アクセス性の低さ、モデルの解釈可能性の欠如、計算予測と化学的実現可能性のギャップを持続的な限界として挙げ、AIは「単独で完結する解決策ではなく支援ツール」(it remains a supportive tool rather than a standalone solution)だと結論づける。https://doi.org/10.1002/ddr.70257 2 3 4 5

  5. [negative] Synapse (PatSnap) 医薬品開発データベース「DSP-1181」項目 — Exscientiaと大日本住友製薬(現・住友ファーマ)が共同開発した5-HT1A受容体アゴニストで、2020年1月に日本でPhase I試験開始が発表された。開発状況は中止(Discontinued, Phase 1)。中止理由の欄はログインしないと閲覧できず、公開部分に理由の記載はない(閲覧時点で確認)。またこれは PatSnap のアグリゲータ記録であって一次資料ではなく、公開部分でDSP-1181の中止に触れている唯一の説明文は Niazi レビューの要約(DSP-1181 was discontinued after Phase I, despite a favorable safety profile)の転載=Niazi と食い違う記録ではない。中止理由の裏取りには使えないため、開発状況の登録という限度で引く。https://synapse.patsnap.com/drug/a785db59b5d54d209ddfe8619dfcc2b0 2

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