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AI・信頼性・評価

ロボット評価は試行10回、40ポイント差でも区別できない

2026/8/17

目次
背景

ロボットが実際に物をつかみ、運び、置く。その出来映えは「何回試して何回成功したか」で報告される。手法を変えたら成功率が上がった——そう書かれていれば、読む側は改良が効いたのだと受け取る。数字が並んでいるぶん、確かめようもないと感じてしまう。

ところが実機の試行は、画面の中の実験と違って一回ごとに手間がかかる。物を並べ直し、機械を戻し、壊れれば直す。だから試行の回数はどうしても少なくなり、少ない回数から出た割合は、思っているよりも大きく揺れる。硬貨を数回投げて表が多く出たからといって、その硬貨が偏っているとは言えないのと同じことだ。

改良が効いたのか、たまたまそう出ただけなのか。報告された割合だけを眺めて区別するのは難しい。だが区別するための計算そのものは、紙の上でできるほど簡単である。必要なのは新しい統計の知識ではなく、その割合が何回の試行から出たのかを確かめる習慣のほうだ。

問い

報告された成功率のうち、どこまでが改良の効果でどこからが偶然の揺れなのか——読者が自分で検算できる形で確かめる。

要点

実機ロボットの論文は、課題ごとの成功率を10回前後の試行で報告する(本稿が挙げる実機の例は9〜15回で、50ロールアウトを回した1本だけが例外だ)。試行が10回だと、40パーセントポイントの改善でも差の95%区間が0をまたぐことがある——Gemini Robotics-ER が実機で報告した 3/10 → 7/10 がその例で、区間は [−2.9, +67.2]、Fisher 正確検定の両側 p = 0.179 だ1。同じ論文は別の節で「厳密な統計解析」を宣言しながら、p値を全文で一度も報告していない。ただし境目は近い——同じ40ポイント差でも、試行が20回あればどの内訳でも0を除外する(いちばん締まらない 6/20 対 14/20 で [+9.0, +61.9])。効く分かれ目は10と20のあいだにある。そして試行数だけでも足りない。共有評価基盤の運用者は、同じモデル・同じ課題でも成功率が0%から100%まで振れると書き、試行数ではなく初期状態の統制という別の一手を足している2

1行でできる検算

必要なのは、成功回数と試行回数だけだ。ふたつの成功率を比べるとき、見るべきはそれぞれの区間が重なるかではなく、差の区間が0を含むかである。前者で判定するのは誤りで、実際に食い違う。

Gemini Robotics 論文の実機 Table 6(Gemini Robotics-ER、バナナの受け渡し、N=10)で見てみる。ゼロショットが 3/10=30%、文脈内学習が 7/10=70%。差は +40ポイント——見出しに書ける大きさだ。だが差の95%区間は [−2.9, +67.2] で、0をまたぐ。Fisher の p は 0.179。10回のうち何回成功したかという情報は、40ポイントの差を支えるには足りない。

同じ表の拭き取り課題(N=9、44% → 67%)も同じで、+22.2ポイントに対し区間は [−20.3, +55.5](p = 0.637)。

ただし表の3課題目は逆だ。 ドレス折りたたみ(N=9、0% → 56%)は差が +55.6ポイントあり、区間 [+14.0, +81.1](p = 0.029)で0を除外する。試行数が同じでも、効果量が十分大きければ立つ。 問題は「N が小さいと何も言えない」ことではなく、N が小さいほど、言えるようになるまでに必要な差が大きくなることだ。

しかもこのドレス折りたたみは、個別の区間は [26.7, 81.1] と [0.0, 29.9] でわずかに重なるのに、差の区間は0を除外する。「区間が重なっているから差はない」と読むと、この結果を取りこぼす。見るべきは差の区間のほうだ。

試行数が10から20に増えると、何が変わるか

まず、ほかを全部止めて試行数だけを動かすとどうなるかを見る。上の 3/10 対 7/10 と同じ30%対70%を、試行20回に置き直せばいい。6/20 対 14/20 なら、差の95%区間は [+9.0, +61.9]、Fisher の p = 0.026 で0を除外する。20回で40ポイント差になる内訳はほかにもあるが(0/20 対 8/20 から 12/20 対 20/20 まで)、そのどれもが0を除外する——いちばん締まらないのが上の 6/20 対 14/20 だ。これは報告された実験ではなく、同じ差を試行数だけ変えて置き直した計算である(区間とpの出し方は実機の例と同じ1)。効く分かれ目は、10と20のあいだにある。

実際の論文にも、近い対比が載っている。同じ論文のシミュレーション側に、実機と同じバナナ受け渡し、同じ Gemini Robotics-ER、同じゼロショット対文脈内学習の比較がある——54% 対 96%(N=50)。差は +42ポイントで実機の +40ポイントとほぼ同じなのに、区間は [+25.9, +55.9]、p < 0.001 で0を大きく離れる1ただし、ここで変わったのは試行数だけではない。 実機からシミュへ評価環境そのものが移り、成功率の水準も 30%→54%・70%→96% と上がっている。区間の幅は試行数だけでなく水準にも依存し、96% は天井際で締まる側だ(脚注のとおり、シミュ側は初期条件をランダム化した設定でもある1)。試行数の効果を分離した実験としては読めない——読めるのは、同じ大きさの差が N=10 では0をまたぎ N=50 では大きく離れる、という対比までである。試行数だけを動かした比較が要るなら、上の N=20 の置き直しのほうがそれにあたる。

必要な検定を実際にやっている論文は少ない

一次論文12本を掃いて、必要な検定を回していたのは1本——Toyota Research Institute の Large Behavior Model の作業で、条件あたり50ロールアウト、盲検A/B、多重比較補正まで揃えている3

多くはそうではない。Gemini Robotics は、上の表とは別の節(旗艦モデルの評価)について「A/Bテストと統計解析を伴う厳密な実機実験」と述べ、付録で対応のあるt検定に言及する。だが全文を通して p値の数値表記は0件、信頼区間も誤差棒も0件である1significant は11箇所あるが、目視した限りすべて修辞的な用法だった。検定手法を宣言していることと、その出力を報告していることは別である。

2026年の実機リリースにも、N=15 を「統計的な頑健性のため」と説明して区間を報告しない例がある4。なお、試行数を減らす手法を設計している側も、実行可能な試行数が10や50に制約されること自体は前提として認めている5

試行を増やすだけでは足りない——運用者はもう一手を足している

ここまでの算術は、素直に読めば「もっと回せ」という処方になる。現場の運用者は、それだけでは足りないと言っている。

実機を集中運用してオンラインで評価を提供する RoboChallenge の報告は、評価手順の節の冒頭でこう書く——even with the same set of props, task and model, the measured success rate can change even from 0% to 100% or vice versa。さらに Even with a sufficient number of runs, the recorded success rate varies considerably と述べる2

原因は偶然のばらつきではない。物体の初期配置には「うまくいきやすい一角」があり、3群のテスターのうち「適応的テスター」=モデルの著者自身が、それを見つけて意図的に使っていた。原典は図4のキャプションで exploited this for maximal performance. This biased the test. と書いている2。ただし3群のテスターを比べた実験そのもの(図3)は2課題・各群1点で、試行回数は図にもキャプションにも書かれていない——本稿が読者に勧めている探し方を、この図は満たしていない。証言としては重いが、量としては小さい。それでも、評価する側が結果に利害を持つとき、ばらつきは偶然ではなく方向を持つ。

そして原典はこの問題を投げ出していない。同じ節は、参照エピソードの初期フレームをテスターのプレビュー画面に重ね、実際の配置がそれに一致するまで調整させる手順——controlled tester——を導入し、the initial state of the scene and objects is largely fixed across the evaluation of different models と結ぶ2足したのは試行数ではなく、初期状態の統制である。

現場が実際に採っている代替

では何が行われているか。絶対的な成功率を主張するのをやめて、測る対象を差し替える動きがある。

一次資料が支えているのは「100件ほどの対比較を集めれば順位は安定する」までだ——RoboArena は RoboArena converges to high-quality rankings within just 100 pairwise comparisons と報告している6。一方で「同じ規模で絶対的な成功率を区別できる」を支える資料は、本稿が当たった範囲には無かった。順位と水準では、必要な量が違う。 なお数える単位も違う——対比較1件はロールアウト2回にあたる。

欠けているのは統計の知識ではない

最後に、この調査で一番再利用が効く観察を置く。実機評価のやり方を問い直す論文は、2019年から繰り返し書かれている——実機での再現性と有意差検定の欠如を指摘した Lynnerup ら(2019)7、評価指標を機械学習からの借り物だと批判した Johns(2021)8、反復・再現・追試の枠組みを提案した Norton & Flynn(2024)9、そして本稿が挙げた TRI(2025)3ただしこれらは同じことを言っているのではない——Johns の処方は時間効率であって統計的検出力ではなく、系譜を一本に束ねるのは正確ではない。

確かめられるのは、もっと限定的で、そのぶん硬い事実のほうだ。本稿が引いた同時期の一次資料——RoboChallenge・RoboArena・LingBot-VLA——は、いずれも参考文献に TRI の作業を挙げていない(各PDFの参考文献を検索して0件)3264これは出た順の帰結ではない——3本とも、TRI が公開された2025年7月より後の版がある。評価方法論として最も厳密な同時期の作業が、隣接する論文から参照されていない。

つまり不足しているのは統計の知識ではなく、評価方法論が分野に蓄積していく経路のほうかもしれない。ただし「同じ主張が周期的に再発見されている」と言い切るには、上の4本それぞれの参照関係を突き合わせる必要がある——本稿はそこまでは確かめていない。

実務で何を見るか

数字の隣に試行数が無いとき、読者にできることは多くない。だが試行数さえ書いてあれば、その主張が立つかどうかは、その場で確かめられる。


出典9件
  1. Gemini Robotics Team, “Gemini Robotics: Bringing AI into the Physical World”(arXiv:2503.20020, 2025年)。実機 Table 6 のキャプションは Reported rates are the average over 10 trials for banana handover and 9 for fold dress and wiping.、シミュレーション Table 5 は Reported numbers are the average success rate over 50 trials with random initial conditions.。本文は All empirical evidence presented in this section is based on rigorous real-world robot experiments, with A/B testing and statistical analysis と述べ、付録は This allows us to use a pairwise t-test to more robustly evaluate improvements over baselines. と記す。ただし全文で t-test はこの1箇所のみで、p値の数値表記・信頼区間・誤差棒はいずれも0件。本稿が挙げた区間とp値は、論文が報告した成功回数と試行数から本稿が計算したもの(Newcombe 法の差の95%区間および Fisher 正確検定の両側p)。ただし N=20 の 6/20 対 14/20 だけは報告値ではなく、同じ30%対70%を試行20回に置き直した仮想の内訳に同じ方法を当てた計算である(20回で40ポイント差になる13通りの内訳をすべて計算すると、区間の下限が最も0に近いのがこの内訳で [+9.0, +61.9]、p = 0.026)。 https://arxiv.org/abs/2503.20020 2 3 4 5

  2. Yakefu, Xie ほか(Dexmal + Hugging Face), “RoboChallenge: Large-scale Real-robot Evaluation of Embodied Policies”(arXiv:2510.17950, 2025年)。評価手順の節で One of the major obstacles in real machine testing is the dramatic variation of the test results from run to run. In our experience, even with the same set of props, task and model, the measured success rate can change even from 0% to 100% or vice versa. と述べ、続けて Even with a sufficient number of runs, the recorded success rate varies considerably. The adaptive testers get better results. と報告する。物体配置の「うまくいきやすい一角」(there is a particular favorable set of object positions in which the task is more likely to succeed)を図で示している。同じ節は解決策まで書いており、参照エピソードの初期フレームを重ねて配置を合わせる controlled tester を導入して the initial state of the scene and objects is largely fixed across the evaluation of different models と結ぶ。∴ 原典の論旨は「ばらつきが大きいから手が無い」ではなく「ばらつきが大きいから初期状態を統制した」である。 https://arxiv.org/abs/2510.17950 2 3 4 5

  3. TRI LBM Team, “A Careful Examination of Large Behavior Models for Multitask Dexterous Manipulation”(arXiv:2507.05331, 2025年)。条件あたり50ロールアウト、盲検A/B、多重比較補正を実施し、周辺信頼区間の重なりで差を判定するのは誤りだと明示する。本稿が掃いた一次論文12本のうち、必要な検定を実行していた唯一の例。 https://arxiv.org/abs/2507.05331 2 3

  4. LingBot-VLA, “A Pragmatic VLA Foundation Model”(arXiv:2601.18692, 2026年)。実機評価で N=15 を統計的頑健性の根拠として挙げるが、信頼区間は報告していない。本稿の論点(試行数の宣言と統計的推論の実行は別)が2026年の一次資料にも当てはまる例。 https://arxiv.org/abs/2601.18692 2

  5. Snyder, Hancock, Badithela ほか(Toyota Research Institute + Princeton), 逐次検定による方策比較(arXiv:2503.10966, 2025年)。問題設定として policy comparison is fundamentally constrained by a small feasible sample size (e.g., 10 or 50) due to significant human effort and limited inference throughput of policies と述べる。試行数を減らす側の論文であり、it reduces the number of evaluation trials by up to 32% as compared to state-of-the-art baselines, while preserving the probabilistic correctness と報告する。ただし「最大32%」は既存の逐次手法に対する上乗せであって、固定バッチに対する削減ではない。∴ この手法固有の上積みは桁の削減ではない。 なお著者自身は要旨で our method is strongest in the most challenging comparison instances (requiring the most evaluation trials) と述べており、難しい事例ほど有利だと主張している。近接した方策どうしでは棄権する設計であることも著者自身が述べている。また On the progressively harder cases the number of required samples increased 5-10 times over the easiest とあり、必要試行数そのものが課題の難度で5〜10倍動くhttps://arxiv.org/abs/2503.10966

  6. Atreya, Pertsch, Lee ほか, “RoboArena: Distributed Real-World Evaluation of Generalist Robot Policies”(arXiv:2506.18123, 2025年)。7大学にまたがる7つの汎用方策を612件の対比較で評価する。基準順位は asking evaluators to score the remaining five policies after each A/B evaluation on the same task で作られ、In total, we use 4284 evaluations to compute this oracle ranking(=612×7)。1回の対比較は2方策を back-to-back で走らせるので、612件=1,224ロールアウト、残る5方策ぶんを合わせて全体が 4284 policy rollouts になる。別立ての実験ではなく、同じセッションの中で7方策すべてを回した結果である。順位づけの用途を支える最も強い資料だが、同論文自身は信頼区間・誤差棒・p値のいずれも報告していない(両抽出で確認)。∴ 順位の妥当性を支える資料であって、水準の区別可能性を支える資料ではない。なお初版は2025年6月で TRI の公開(同年7月)より早いが、2025年11月の改訂版でも TRI への参照は無い。 https://arxiv.org/abs/2506.18123 2 3

  7. N. A. Lynnerup, L. Nolling, R. Hasle & J. Hallam, “A Survey on Reproducibility by Evaluating Deep Reinforcement Learning Algorithms on Real-World Robots”(arXiv:1909.03772, CoRL 2019)。先行研究を引いて有意差検定の欠如が誤解を招く報告を生むと述べ、試行数については自身の言葉で In general, the more trials, the easier it will be to support the conclusions with the proper statistics と書く。ただし実機では反復自体が高くつくことも認めており、処方は全ハイパーパラメータの構成ファイル化とブートストラップ法。 https://arxiv.org/abs/1909.03772

  8. E. Johns, “Back to Reality for Imitation Learning”(arXiv:2111.12867, CoRL 2021 Blue Sky track)。ロボット学習の評価指標は機械学習から借用したもので実世界のコストを測っていない、と論じる。ただし本論文の処方は時間効率であって統計的検出力ではない——本稿はこれを「統計の話の起源」としては扱わない。 https://arxiv.org/abs/2111.12867

  9. A. Norton & B. Flynn(NERVE Center, University of Massachusetts Lowell), “Towards Using Multiple Iterated, Reproduced, and Replicated Experiments with Robots (MIRRER) for Evaluation and Benchmarking”(arXiv:2408.04736, 2024年。ICRA 2024 WOSRA ワークショップ)。反復・再現・追試を区別して積み上げる枠組みを提案する。 https://arxiv.org/abs/2408.04736

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