AI・信頼性・評価
ハルシネーションは仕様の帰結——根絶でなく封じ込めで
「LLMは時々もっともらしい嘘をつく」——これはもう誰でも知っている。だが多くの議論は、これを「いずれ学習データやアラインメントで潰せるバグ」として扱う。本稿の主張は逆だ。ハルシネーションは欠陥ではなく、言語モデルがそもそも何をする機械なのかという定義そのものから出てくる。完全に消そう(ゼロにしよう)とすることは、モデルを有用にしている同じ歯車を外すことに等しい。ただし、「ゼロにできない」は「減らせない」ではない。割合を押し下げる余地は大きく、そこは仕様ではなく現状の設計しだいだ。
「真偽」というデータを持っていない
事前学習でモデルが最適化しているのは、煎じ詰めれば「次のトークンとして、もっともらしいものを出す」ことだ。事後学習(RLHF等)は人間の選好を上書きするが、「真である」という独立した信号を足すわけではない。モデルの内部には、参照すべき事実の台帳も、「これは知らない」と判定する真理値テーブルもない。あるのは、膨大なテキストから推定した「この文脈の続きとして、こういう文字列はどれくらいありそうか」という確率分布だけだ1。さらに、ハルシネーションが実運用で残る理由は訓練目的だけにとどまらない——評価やベンチマークが「分かりません」より「自信を持って当てにいく」ことを高く採点する構造も、これを固定している1。
だから正しい答えもハルシネーションも、モデルから見れば同じ操作の産物でしかない。どちらも「それらしい続き」を出しているにすぎず、両者を確実に切り分ける内部の真理基準は持たない(あるのは弱い不確かさの信号どまりだ)。流暢さと正しさが別の軸であることは、自然言語生成の分野で広く整理されてきた論点でもある2。よどみなく自信たっぷりに書かれた文が間違っている、というのは、バグではなく仕様の素直な帰結だ。しかもこの「弱い不確かさの信号」は、思うより頼りにならない——普段は同じ問いに正しく答えられるのに、ちょっとした言い換えのあとでは確信たっぷりに間違った答えを返す、という食い違いが実際に報告されている3。
有用さと混同は同じ機械から出る
ここが非自明な点だ。モデルが訓練データに無い質問へ気の利いた答えを返せるのは、丸暗記ではなく「埋める」能力、つまり一般化のおかげだ。観測していないものを、近傍のパターンから補完する。この補完がたまたま事実と一致すれば「賢い」と呼ばれ、外れれば「ハルシネーション」と呼ばれる。中身は同じ処理だ。
だから「ハルシネーションを一つ残らず消して有用さは残す」という注文は、原理的に虫が良い。補完を完全に止めれば、残るのは学習データを丸写しするだけの参照表であって、未知の問いに答えられる言語モデルではない。両者はトレードオフではなく同一の能力の表裏だ——というのが本稿の見立てである(この機構自体を測った出典は挙げていない。1 が定式化する経路は「近傍から補完しようのない事実についての誤り」であって、補完の外れではない)。とはいえ、これは「ゼロにできない」という理論の話であって、「割合を下げられない」という話ではない。確信のない補完だけを抑える方向には大きな余地がある——ただし第1節で見たとおり、確信度そのものが当てにならない場合には、この方向も取りこぼす。じっさい、この「ゼロにできない」——事前学習段階の誤り率の下界——を導いた当の論文自身は、「ハルシネーションは不可避だ」という見方を誤解として明示的に退けている——不確かなときには棄権(abstain)できるからだ。そのうえで、残る原因として評価インセンティブの是正を処方している1。事前学習の段階で生じる床(ベースモデルの誤り率はゼロにはならない)と、現状の運用で動かせる高さ(割合)は、分けて捉えるべきだ。
ではどう設計するか
現実的な解は「モデルに嘘をやめさせる」ことではなく、アーキテクチャの側にある。発想は古い——信頼できない部品は、それ自体を完璧にしようとせず、周囲で封じ込める。故障し得る部品を信頼境界の内に閉じ込め、独立した層を重ねる多層防御(defense-in-depth)と同じ構えだ。言語モデルという「確率的に外す部品」への封じ込めは、部品のどこを扱うか——入力・出力・受け取り方——の三箇所に立つ。
- 入力を差し替える(根拠づけ) — モデル自身の記憶ではなく、検索や外部ツール・データベースで取得した一次情報に答えを根拠づける(RAG やツール呼び出し)。ただし取得元自体が誤り・古い・矛盾していることはあり、根拠づけは確実性ではなく確度を上げる手段だ。
- 出力を検証可能にする — 主張を、出典・引用・計算過程・コードといった後から照合できる単位に落とさせる。真偽の判定を、生成の外側へ移せる形にする。ただし、この「照合できる単位」自体をモデルが捏造しうることには注意がいる——法律分野では、能力の高いモデルでも判例についての検証可能な質問に虚偽の法的情報を返す頻度が高いと報告されている4。実在しない判例をもっともらしく挙げる誤りも、そこに含まれる(実際、架空の判例をそのまま提出して処分を受けた弁護士の事例も相次いで報じられている)。照合可能にすることは検証を容易にするが、照合対象そのものの実在確認は依然として要る。
- 受け取り方を変える — 流暢さを正しさの証拠として扱わない。自信ある語り口は、むしろ検証の必要性を上げる信号だと見なす。
要するに、ハルシネーションはモデル単体の内側で根絶する問題ではなく、そのモデルを組み込むシステムの側で封じ込める問題だ。真偽の判定を持たない機械に、判定の足場を周囲から与える。その設計に切り替えた瞬間に、「いつ完璧に直るのか」という問いは消える。直すものではなく、付き合い方を設計するものだからだ。
出典
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[支持] Kalai・Nachum・Vempala・Zhang「Why Language Models Hallucinate」(arXiv:2509.04664, 2025)。誤りのない学習データでも、事前学習が最小化する統計的な圧力(二値分類の誤分類率への帰着)からベースモデルの誤り率に下界が生じることを示す。ただし同論文は「ハルシネーションは不可避」という見方を誤解として退けており、不確かなときに棄権できる点を根拠に挙げる。実運用で残る原因は、評価・ベンチマークが「分からない」より当て推量を高く採点する構造にあるとし、採点方式の是正を処方する。つまり本稿が引くのは「不可避性」ではなく「事前学習段階の下界」である。 https://arxiv.org/abs/2509.04664 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
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[支持] Z. Ji, N. Lee, R. Frieske, T. Yu, D. Su, Y. Xu ら, “Survey of Hallucination in Natural Language Generation,” ACM Computing Surveys 55(12), Article 248 (2023)。Transformerベースの生成が流暢さ・一貫性を大きく高めた一方で、その同じ生成が意図しない虚偽(ハルシネーション)を起こしやすいと整理し、流暢さと事実的な正しさが別の軸であることを分野横断でまとめた基礎的なサーベイ——本稿の「流暢さと正しさは別の軸」という整理の裏づけ(原理的な独立性を証明した文献ではなく、観察と分類の整理である)。 https://arxiv.org/abs/2202.03629 ↩
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[留保] A. Simhi, I. Itzhak, F. Barez, G. Stanovsky & Y. Belinkov, “Trust Me, I’m Wrong: LLMs Hallucinate with Certainty Despite Knowing the Answer,” arXiv:2502.12964 (2025)。通常のプロンプトでは繰り返し正しく答えられる質問について、軽微な入力の揺らぎのあとでは高い確信度で誤った答えを返す現象(CHOKE)を、モデルの出力そのものの一貫性から特定して報告——本稿がいう「弱い不確かさの信号どまり」が、実際にはその弱い信号すら表に安定して出ないことがあるという、さらに厳しい限界を示す。 https://arxiv.org/abs/2502.12964 ↩
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[留保] M. Dahl, V. Magesh, M. Suzgun & D. E. Ho, “Large Legal Fictions: Profiling Legal Hallucinations in Large Language Models,” arXiv:2401.01301 (2024)。連邦裁判所の判例からランダムに選んだケースについて、具体的で検証可能な質問(判例の存在、判決した裁判所、法廷意見の執筆者、引用の取得など)を投げたときの誤答率を測り、評価したモデル群のうち最も低いのがChatGPT 4の58%、最も高いのがLlama 2の88%だったと報告する(同論文の評価時点で入手できたモデルに対する測定であり、タスクとモデルにより率は大きく異なる)。性能の高いモデルでも起きること、モデル自身が誤りを予測できないことも示す——「出力を検証可能にする」という対策自体の限界にあたる。 https://arxiv.org/abs/2401.01301 ↩
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