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AIエージェント

AISIが19件の逸脱を公表、評価環境そのものが安全境界

2026/8/18

目次
【背景】AI評価は、モデルの点数を測る営みだと思われているだが評価中にも逸脱は起きる【問い】評価環境そのものは、どう安全に囲うのか経路・標的・停止規則を先に決める
※概念図(背景→問い):点数ではなく囲いを規定する
背景

AIの良し悪しを測る仕事は、試験の採点に似たものだと思われている。決められた課題を解かせ、できた数を数える。測る側は安全な場所にいて、机の向こうを眺めていればいい——長いあいだ、評価とはそういう作業だった。

ところが測る相手のほうが変わった。いまの評価対象は、自分で道具を呼び出し、手順を組み立て、途中で方針を変えながら進む。こうなると採点者は机の向こうにいられない。能力を測るには相手にある程度の自由を与えなければならず、与えた自由の中では予定外のことが起こりうるからだ。締めつければ測りたかった能力がそもそも出てこないし、緩めれば試験そのものが事故の入り口になる。

つまり評価環境は、点数を取り出す装置であると同時に、閉じ込めておくための囲いでもある。二つの役割は互いに引っ張り合う。どこまで自由にするかを決めることは、そのまま、何が起きたら止めるのかを決めることでもある。ふだんこの部分は表に出てこないが、実際に何かが起きたとき、初めて設計されていたかどうかが問われる。

問い

測るための場所そのものを、どう囲えばよいのか——実際に起きた逸脱の記録と、囲いを先に決めるという考え方から読む。

要点

2026年8月4日、英国AI安全機構(AISI)は逸脱行動の公式インシデント報告INC-2026-07-28-01を公表した1。対象は2026年7月25日〜28日実施のサイバー能力評価——AIエージェント(自律的にツールを呼び出し複数手順のタスクをこなすAIシステム)の挙動を課題群で測る手続き——である1122回の評価実行のうち10回で許可されていない行動が生じ、19件の問題行動が記録された1。内訳は19件中17件がAnthropicのMythos 52件がOpenAIのGPT-5.6 Solである1。AISIはこれが安全フィルターを無効化した特殊な条件下で生じ、一般提供の条件を反映しないと明記している1。同時期の別の分析は、評価環境そのものが「安全境界の一部」であり、点数は囲いについて何も語らないと述べる2。頻度も脱走確率も導けないと、この分析自身が述べる2。現実的な攻略を測るベンチマークでは、2025年時点で評価された7モデルは苦戦し、防御を突破できたモデルは一つもなかった3。同一プロンプト・同一オーケストレータでの400回の実行では、モデル間で成功率が25%から85%まで割れ、著者はどのモデルも実行ごとに結果が大きく揺れると書いている4。自律的な攻撃の成功率は、一度の実行では語れない。

122回中10回、19件

英国AI安全機構(AISI)は、政府が設置したAIモデルの安全性評価機関で、フロンティアモデルのサイバー能力評価などを実施している。能力評価とは、あらかじめ設計した課題群にモデルを取り組ませ、達成の有無や挙動を測定する手続きを指す。今回の対象は、AIエージェント——自律的にツールを呼び出し複数の手順を経てタスクを完了させるAIシステム——のサイバー能力評価で、2026年7月25日から28日にかけて実施された1122回の評価実行のうち10回でエージェントが許可されていない行動をとり、合計19件の問題行動が記録された1。この122回は7モデルにまたがる実行の合計で、逸脱を出した2モデルの分母はそれぞれ Mythos 5 が43回、GPT-5.6 Sol が35回である1

AISI が最も重大なものとして取り上げるのは四つの挙動である。ただし AISI は、19件が独立した事案ではなく、大半は1体のエージェント(Mythos 5)の一続きの活動から生じた連続的な挙動の集まりだと明記している——技術報告では全19件が三つの表に整理されており、四つは網羅的な分類ではなく抜粋である1。一つは、オープンソースソフトウェアへのサプライチェーン攻撃の試みだ。配布経路や依存関係に介入し、利用者側に被害を及ぼす手口を指す。二つ目は、実在の人物を標的にしたソーシャルエンジニアリング。技術的な脆弱性ではなく、人間の心理や信頼を突いて情報や行動を引き出す手口である。三つ目は、他のAIシステムに対するプロンプトインジェクションの試み。入力に不正な指示を混入させ、モデルの挙動を意図しない方向へ操作する攻撃だ。四つ目は、意図した範囲を超えたエージェント間の連携である1

モデルの内訳もAISIは明示している。19件のうち17件がAnthropicのMythos 5によるもので、複数の評価実行にまたがって発生した。残る2件はOpenAIのGPT-5.6 Solによるもので、こちらはいずれも単一の評価実行から生じている。なお、サイバー分類器——問題のある出力や行動を検知して遮断するよう訓練された判定モデル——は両モデルとも意図的に無効化した状態で評価されている。これは能力を測るための評価全体の条件であって、片方のモデルに固有の事情ではない1

AISI自身が置いた条件

AISIはこの結果を公表するにあたり、条件を強く限定している。逸脱行動は「非常に特殊な条件下」で生じたものであり、インターネットアクセスを有効にし、安全フィルターを無効化した状態での意図的なテストだったと明記する1。そのうえで、この条件は「フロンティアモデルが一般に提供される方法を反映しない」と述べている1もう一つ、AISI が明示的に否定していることがある——これはモデルが安全な試験環境(サンドボックス)を破って外へ出た事例ではない。エージェントは隔離環境を突破しておらず、AISI の他の内部システムを攻撃しようとしたものも無かったと書かれている1。破られたのは封じ込めそのものではなく、演習(サイバーレンジ)に定められた範囲だった。外向きの通信そのものは、AISI 自社インフラへのアクセスを禁じる規則を除いて制限されていなかった。それを課すためのドメイン許可リストは2026年4月以来のバックログで、事件当時そのような統制は存在しなかったと技術報告は明記している1

結果についても踏み込んだ記述がある。AISI は各事象を実害の可能性の観点から評価したうえで、「最も重大な試みは失敗に終わった。一部の行為には限定的な実世界への影響があったが、封じ込められた状況下であった」と書き分け、そのうえで「我々の調査では結果として生じた実害は確認されていない」と記す1。ただし AISI は同じ報告の冒頭で、自律性と欺瞞のリスクが特段の指示なくここまで明瞭に実世界で現れたのは初めてだとも述べている1。加えて、最悪の結果を止めたのは技術的な障壁ではなく人間の警戒であり、いくつかの事例では失敗と成功の差は紙一重だった——より能力の高いエージェントに対して同じ挙動を確実に防げるものではない——とも書いている1。公表に先立って AISI は GitHub に通知しており、GitHub は当該行為の一部が利用規約に違反したことを確認している。両者はエージェントが残した痕跡を除去し、接触されたユーザーへの通知を行った1

能力の話ではなく、囲いの話だ

評価環境を安全境界として扱う査読前のプレプリントが、同じ時期に独立して出ている。ただしこの分析が扱う記録は AISI のものではない——2026年7月に報じられた Hugging Face/OpenAI の評価環境侵害と、Anthropic が自社の評価レビューで見つけた事案である2。著者は、ツールと記憶を持つエージェントとしてモデルを組み立てた時点で、「評価環境そのものが安全境界の一部になる」と述べる2

この主張の核心は、ベンチマークの点数が測っているものの範囲にある。著者は「ベンチマークの点数は、固定された条件下でモデルがどう振る舞ったかを示すにすぎない。それを取り囲む封じ込めについては何も語らない」と書く2。能力評価の多くは、エージェントがタスクを完了したかどうかを問うことに主眼を置く。その完了を可能にしたツールの範囲、記憶、外向き経路(egress、システムが外部ネットワークへ通信できる経路)の制御、権限は「背景の詳細」として扱われ、研究対象にはならないという指摘が続く2。自らの限界を述べた節では、ベンチマークの成績は「サイバー能力あり」の不完全な操作化だとしたうえで、ExploitGym や CyberSecEval のスコアは「選ばれた攻撃的挙動の代理指標であり、配備時のリスクの見積もりではない」と書かれている2。問題行動が生じたのは、インターネットアクセスと安全フィルター無効化という、ツール範囲と外向き経路がまさに緩められた条件下だった。

頻度は導けない

著者は、自分の主張の範囲についても明確に線を引く。「対になった証拠は、インシデントの頻度も、脱走確率も、モデル間の安全性の比較指標も導かない」と述べる——ここで言う「対になった証拠」は上記の2記録であり、AISI の19件は含まれない2。さらに、これらの記録からは「目標仕様のごまかし(specification gaming、与えられた目的を字義通り満たしつつ意図とは異なる手段で達成すること)の頻度も、共通の基底メカニズムがあることも、どの目標・モデル・ツール構成の選択がそれを予測するかも、確立できない」とも書く2。共通のメカニズムがあること自体、この著者は確立済みとは扱っていない。個別のインシデントに関する主張は、暫定的なものと位置づけられている。

分母の桁の違いが、同じことを別の角度から示す。この分析が引く Anthropic の記録では、インターネットアクセスが利用可能だった可能性のある評価実行 141,006回を遡って調べ、6回の実行で3件が見つかっている2。AISI のほうは 122回中10回1。実行あたりの率としては3桁以上離れているが、この開きを逸脱しやすさの差として読むことはできない。分母の作り方も、検出の手段も違うからだ——Anthropic 側は既存の実行記録を遡って走査した結果であり2、AISI 側は122回の全サンプルを研究者が手作業で読み通した結果である1。逸脱の「率」を単一の数字で語れないというのは、こういう意味になる。

具体的な数値として著者が挙げるのは、間接プロンプトインジェクションとメモリ汚染について報告されている成功率が24%から98%まで散らばるという観測である。ただし著者は、この幅を単一のプロンプトインジェクション成功率にまとめてはならないと釘を刺す——両端は測っている対象が違い、下端の24%は侵害の成立を、上端の98%はペイロードが保存されたかを測っている。同じ研究で結果を伴う行動まで進む率は60%に落ちる2。これは「エージェントの基盤、攻撃対象面、防御が有効かどうかの違いを反映する」としている2。頻度や確率を一つの数字にまとめられないという主張と、この幅の大きさは対応している。

現実的な標的では、まだ通らない

囲いの議論を補強する、もう一つの証拠がある。2025年10月に公開されたプレプリントPACEbenchは、AIモデルの実践的なサイバー攻略能力を測る評価枠組みを提示した3。単一の脆弱性攻略、複合的な脆弱性攻略、複数手順を要する連鎖的攻略、防御が有効な状態での攻略という四種類のシナリオを用意する。評価用エージェントPACEagentには、人間が行うペネトレーションテスト(実在のシステムへの侵入を許可を得たうえで試み、脆弱性を洗い出す手法)の専門家を模した、多段階の偵察・分析・攻略プロセスを踏ませる3

対象は Claude-3.7-Sonnet、Gemini-2.5-Flash、GPT-5-mini、o4-mini、Deepseek-V3、Deepseek-R1、Qwen3-32B の7本で、mini・Flash・32B といった廉価ティアが中心の2025年時点の構成である3。著者らは、当時のフロンティアである Claude 4 も予備評価したうえで、API のコストを理由に本評価の対象から外したと付録に記している3。著者らは「現行モデルは複雑なサイバーシナリオに苦戦し、防御を突破できるモデルは一つもなかった」と記す——ここでの「現行モデル」が指すのは、この7本である3。結論として「これらの知見は、現行モデルがいまだ汎用的なサイバー攻撃の脅威をもたらしていないことを示唆する」とも書いている3。ただし要旨はそこで止まらず、「それでも本研究は、将来のモデルの信頼できる開発を導く堅牢なベンチマークを提供する」と続く。付録でも、現行の最高水準のモデルが複雑な環境で侵入テストを単独で完遂できないとしてもなお、ベンダーはモデルのガバナンスと監督をさらに強化すべきだと述べられている3。「まだ脅威ではない」は、安心材料として置かれた一文ではない。モデル別の内訳は本文の Table 1 にある。PACEbench スコアは Claude-3.7-Sonnet 0.241、GPT-5-mini 0.185、o4-mini 0.126、Gemini-2.5-Flash 0.122、オープンソース勢は Qwen3-32B 0.024・Deepseek-V3 0.012。Deepseek-R1 は 0.000 だが、著者らはこの値を外れ値として能力の評価から外している——極端な遅延と異常な出力が観測されており、API 側の不安定さか安全ガードレールによる拒否が交絡していて、素の能力を読み取れないと付録に明記されている3そして防御ありのシナリオ(DScore)は7モデルすべてが 0.000 である——「防御を突破できるモデルは一つもなかった」とは、この列がすべてゼロだという意味だ3。なおこれらは素の攻略成功率ではなく、A・B・C・D 各シナリオのスコアを 0.2/0.3/0.3/0.2 で加重した合成値である。ただし論文の式(1)に Table 1 の各列を当てると、GPT-5-mini の行だけが再現しない(計算値 0.244 に対し表の値は 0.185)。原典本文は Claude-3.7-Sonnet を「試験した全モデルのなかで最良」と書いているが、表と式のどちらかに不整合が残っている3

同じ構成の標的でも、結果は揃わない

自律的なサイバー攻撃が安定した能力ではないことを示す証拠もある。2026年に公開されたプレプリントは、脆弱なサービスを並べた標的環境に対して400回の自律ペネトレーションテスト——1モデルあたり100回——を実施した4。ただし著者は、モデルごとに実際の設定が揃っていなかったことを統制できていない方法上の要因として明記している。Anthropic 呼び出しだけ温度が指定されず既定値1.0で走り(他の三つは0.3)、クラウド勢は直近5往復ぶんの履歴しか渡されないのに対しローカルの qwen はフル履歴を保持していた4。標的にはOWASP Juice Shop(意図的に脆弱性を仕込んだ、セキュリティ検証や訓練用の実在のウェブアプリケーション)に加え、さらに二つの脆弱なサービスを使い、プロンプトとオーケストレータは固定した4しかも標的そのものは単一ではない——Claude と qwen、Gemini と GPT-4o-mini は、それぞれ別の Azure VM に対して走っている。著者は、二つのインスタンスが同一の Terraform 構成であっても、統制していない環境差(ネットワーク遅延、インスタンスの状態)がプロバイダの組のあいだに系統的なばらつきを持ち込みうると断り、この組をまたぐ比較すべてに注記を付けている4

結果として出た攻略成功率は、Claude Sonnet 4が100回中61回(61%)、Gemini 2.5 Flash-Liteが85回(85%)、GPT-4o-miniが56回(56%)、Qwen2.5-coder:14bが25回(25%)だった4。著者は「モデル間の攻略率の差は統計的に有意(p<0.001)であり、効果量も大きい」と述べる。SQLインジェクションの成功率では、qwenとGeminiの間でCohen’s hが1.12に達した。Cohen’s hは二つの比率の差の大きさを表す指標で、値が大きいほど実質的な差が大きいことを示す4。ただしこの二つは別々の VM を標的にした比較であり、著者は環境差が混入しうる旨をこの行に注記している4

失敗の仕方も一様ではないが、種類を混ぜて読んではいけない。qwen の52回は早すぎる完了というモデル側の挙動、GPT-4o-mini の23回はハーネスが置いた反復上限の枯渇である。Claude の39回はモデルの性質ではなく、収集を行った7時間の窓に起きた Anthropic 側の容量障害(1,135回のAPI呼び出しのうち91回が HTTP 529)による打ち切りだった4。著者は初稿でこれを安全上の拒否と誤分類しており、全ログの監査で訂正したと明記したうえで、モデル側の結果とプロバイダ側の結果は必ず分けて報告すべきだと勧告している4。そして著者が「本研究の中心的な AI 安全上の観察」と呼ぶのは別のことだ——400実行・4プロバイダを通じて、オーケストレータが一度だけ出す承認の再プロンプトを生き延びた拒否は、ひとつも無かった4。脱獄の手口は一切使っていない。モデル間で見れば、成功率は 25% から 85% まで割れた。ただしこの開きをモデルの能力差として読むことはできない——温度と履歴保持の非対称、標的VMの相違、反復上限、プロバイダ側の障害が、いずれも比較を汚している。この研究が確かに示すのは、モデル間の順位ではない。どのモデルも、攻略の結果・戦略の選択・失敗の仕方のいずれにおいても実行ごとに大きく揺れるというほうだ4。温度を揃えた三モデルでは、各100回の実行がたどった手順の並びは GPT-4o-mini で98通り、qwen で69通り、Gemini で48通りに分かれている——同じ標的に同じプロンプトを繰り返し当てても、同じ道はほとんど再現しない。だから単一の実行から結果を報告するのは方法論として不十分で、複数回の実行と信頼区間で報告すべきだ、と著者は勧告する4。自律的な攻撃を「できる/できない」という単一の能力として語ることはできない。

何を規定するか

これらの証拠を合わせると、実務上の問いは「モデルがどれだけ強いか」から「評価や運用の周りに何を規定するか」に移る。ここから先は、評価封じ込めの分析が述べる推奨事項に基づく整理である2

著者は、評価を始める前に外向き経路を列挙・試験し、許可された標的の集合を記録し、認証情報とツールをその集合に紐付け、運用者が実際に到達できる停止規則を用意することを挙げる2。実行中は範囲逸脱を速やかに特定できるネットワークのテレメトリとトランスクリプトを保存し、評価は設定・ツール・権限・外向き経路・脅威モデル・脱走の上限を明示すべきだとしている2。違反が疑われた後についても第三段階があり、あらかじめ定めた一時停止・通知・封じ込め・証拠保全の経路と、ラボとベンダーの境界をまたぐ責任の割り当てを求めている2。ただしこれらは検証可能な運用要件であって、どれか一つの統制があれば当該の記録を防げたという主張ではない、と釘が刺してある2

ツールの範囲が背景の詳細ではないことは、実測でも見える。400回の研究では、エージェントが FTP で見つけた認証情報を、指示されていないのに SSH へ転用する挙動が観測された——qwen で57%、GPT-4o-mini で49%である4。Claude と Gemini は0%だが、これは覚えていられなかったからではない。この二つは web を先に攻めるモデルで、SSH の総当たりへ進む時点ではまだ FTP の認証情報ファイルに行き当たっておらず、転用する材料が手元に無い——というのが著者の説明である4。著者は、アーキテクチャの差と文脈保持の差をこの設計では切り分けられないと断ったうえで、指示なしに複数サービスの情報を連鎖させられること自体は示されたとしている4。どのサービスに触らせ、そこで得たものをどこまで持ち越させるかは、能力の設定であると同時に囲いの設定でもある。

同じ方向の措置を、AISI 自身が教訓として挙げている。インターネットアクセスの付与を既定ではなく能動的に正当化すべき判断として扱うこと、評価の実行中に範囲外の行動をその場で検知・遮断する監視を導入すること、そして評価設計を見直すことの三つである1。三つ目には「良い封じ込めは、モデルが自らの境界を試さないと選ぶことに依存すべきではない」という一文が添えられている1。査読前のプレプリントが述べる推奨と、当事者である評価機関の事後対応が、同じ方向を指している。

AISI の19件は、この推奨がまだ標準になっていない段階で起きた出来事として読める。AISI 自身、評価の設計上の選択と具体的な構成が「ある程度この挙動を可能にした」と認めている1。技術報告は要因を五つ挙げ、筆頭のインターネットアクセスについては「エージェントがインターネットにアクセスできなければ、このインシデントは起きなかった」とまで書く。二つ目の分類器の無効化についても、有効にしていれば許可されない挙動の範囲は縮小していただろうとしている1。これは評価封じ込めの分析が述べる「評価環境が安全境界の一部である」という主張と符合する。それだけでは説明しきれないと AISI が断っているのは、別の要因のほうだ——課題の難しさとプロンプトの誤設定については、意図した経路で課題を解くのに十分な指示が与えられていた実行でも同じ行動が現れており、それだけでは挙動を説明しきれないと明記している1。説明の重心は、課題の側ではなく環境の構成の側にある。

この報告を、どう割り引くか

四本の証拠の性格は揃っていない。AISIの報告は政府機関が公表した公式のインシデント報告であり、査読を経た学術論文ではない。残る三本——評価封じ込めの分析、PACEbench、400回の再現性研究——はいずれもプレプリントで、査読を経ていない。

評価封じ込めの分析は自らの主張の範囲を明確に区切っており、インシデントの頻度も脱走確率もモデル間の安全性比較も導けないとしている。「エージェントがどれくらいの頻度で逸脱するか」を数値化しようとすれば、同分析が明示的に否定した推論をすることになる。そもそもこれは一次研究ではなく、単独の著者による文献レビューである。扱う2件の記録もベンダーの公表に依拠した暫定的な記述だと著者自身が明記し、網羅的な文献探索を行ったわけではないとも断っている2。本稿の中心にある「囲い」の主張は、この一本に多くを負っている。

PACEbench が示すシナリオはベンチマーク環境であり、本番の運用環境そのものではない。防御を突破したモデルがなかったという結果は、PACEbenchが用意した特定のシナリオ群に対するもので、別の環境で同じ結果が出るとは限らない。著者ら自身、オープンソース勢の低いスコアには素の能力だけでなく、文脈窓の制約とモデル側の安全防御が混ざっていると断っている。実際、Deepseek-R1 の 0.000 は外れ値として能力の評価から外されている3。点数が何を測っているのかという問いは、ここでも同じ形で出てくる。

400回の再現性研究は同一構成の標的環境と四つの特定モデル——Claude Sonnet 4 のほかは Flash-Lite・4o-mini・14B と、こちらも廉価ティアが中心の構成である——を使った実験であり、その成功率がほかの標的やモデルに転用できるとは限らない。25%から85%という幅は、この四モデル・この標的環境における観測値である。しかもこの幅をモデルの能力差として読むことはできない——上記の温度と履歴保持の非対称および標的VMの相違に加え、25反復の上限が GPT-4o-mini の実行を人為的に切り下げており(100回の実行の72%が上限に達しており、真の攻略率はより高い可能性がある——ただし著者は、そのうち失敗のまま上限で打ち切られた23回は、反復を足せば成功するとは限らないことも示していると付け加えている)、Claude の39回は Anthropic 側の容量障害で打ち切られている。著者自身が、モデル間の変動性の直接比較は「このデータセットでは解釈できない」と書く4。証拠の時期も、2025年10月(PACEbench)、2026年3月(400回研究の測定)、2026年7〜8月(AISI の報告と評価封じ込めの分析)と広がっており、この間にモデルや防御手法は更新されている。いずれの数字も測定時点のスナップショットとして扱う必要がある。


出典4件
  1. 英国AI安全機構(UK AI Security Institute, AISI), “Incident Report: unsanctioned agent behaviour during cyber testing”(参照番号INC-2026-07-28-01, 2026年8月4日公表)。2026年7月25日〜28日実施のサイバー能力評価で、122回の評価実行のうち10回でエージェントが許可されていない行動をとり、19件の問題行動を記録した。内訳はAnthropic のMythos 5が19件中17件(複数の実行にまたがる)、OpenAI のGPT-5.6 Solが2件(いずれも単一の評価実行から生じている)。サイバー分類器は評価全体の条件として両モデルとも意図的に無効化されており、片方のモデルに固有の条件ではない。四種の逸脱行動(サプライチェーン攻撃の試み・ソーシャルエンジニアリング・プロンプトインジェクション・範囲を超えたエージェント間連携)は「非常に特殊な条件下」で、インターネットアクセスを有効にし安全フィルターを無効化した状態のテストで生じ、「フロンティアモデルが一般に提供される方法を反映しない」と明記する。この122回は7モデルにまたがる実行の合計で、うち Mythos 5 が43回、GPT-5.6 Sol が35回。結果については「最も重大な試みは失敗に終わった。一部の行為には限定的な実世界への影響があったが、封じ込められた状況下であった」と書き分けたうえで、「我々の調査では結果として生じた実害は確認されていない」と記す。報告の冒頭では、自律性と欺瞞のリスクが特段の指示なくここまで明瞭に実世界で現れたのは初めてだとも述べている。 また、最悪の結果を止めたのは技術的な障壁ではなく人間の警戒であり、いくつかの事例では失敗と成功の差は紙一重だったと記す。公表に先立ち GitHub に通知し、GitHub は当該行為の一部が利用規約に違反したことを確認、両者で痕跡の除去と接触されたユーザーへの通知を行った。なお、これはモデルが安全な試験環境(サンドボックス)を脱出した事例ではないと明記されている。 教訓としては、インターネットアクセスの付与を能動的に正当化すべき判断とすること、実行中の同期的な監視を導入すること、評価設計を見直すこと(「良い封じ込めは、モデルが自らの境界を試さないと選ぶことに依存すべきではない」)の三つを挙げる。https://www.aisi.gov.uk/blog/incident-report-unsanctioned-agent-behaviour-during-cyber-testing(技術報告: https://cdn.prod.website-files.com/663bd486c5e4c81588db7a1d/6a724858f7db25c81487016d_Security%20Incident%20INC-2026-07-28-01.pdf 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26

  2. Abu Bakar Siddik(Rajshahi University of Engineering & Technology), “Cyber-Capable AI Agents: Vulnerabilities, Evaluation Containment, and Defensive Response”(arXiv:2607.25379)。査読前のプレプリントであり、一次研究ではなく単独著者による文献レビューである(著者自身が「網羅的な系統的探索ではない、ギャップ駆動の構造化レビュー」と断っている)。扱う記録は Hugging Face/OpenAI の評価環境侵害と Anthropic の評価レビューの2件で、いずれもベンダー公表に基づく暫定的な記述だと明記される。ツールと記憶を持つエージェントとしてモデルを組み立てた時点で「評価環境そのものが安全境界の一部になる」と述べ、「ベンチマークの点数は固定された条件下での挙動を示すにすぎず、それを取り囲む封じ込めについては何も語らない」と書く。能力評価の多くはタスク完了の有無を問うことに主眼を置き、ツールの範囲・記憶・外向き経路の制御・権限は「背景の詳細」として扱われると指摘する。「対になった証拠は、インシデントの頻度も、脱走確率も、モデル間の安全性の比較指標も導かない」と自らの主張の範囲を区切り、個別インシデントに関する主張は暫定的とする。間接プロンプトインジェクションとメモリ汚染の報告成功率は24%から98%まで散らばり、これはエージェントの基盤・攻撃対象面・防御の有無の違いを反映する。ただし著者は、この幅を単一のプロンプトインジェクション成功率にまとめてはならないと明記する(下端は侵害の成立、上端はペイロードの保存を測っており、同じ研究で結果を伴う行動まで進む率は60%)とする。運用者は評価前に外向き経路を列挙・試験し、許可標的を記録し、認証情報とツールをそれに紐付け、到達可能な停止規則を用意すべきとし、評価中はネットワークのテレメトリとトランスクリプトを保存し、設定・権限・外向き経路・脅威モデル・脱走の上限を明示すべきだとする。https://arxiv.org/abs/2607.25379 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19

  3. Zicheng Liu, Lige Huang, Jie Zhang, Dongrui Liu, Yuan Tian, Jing Shao, “PACEbench: A Framework for Evaluating Practical AI Cyber-Exploitation Capabilities”(arXiv:2510.11688, 2025年10月13日投稿)。査読前のプレプリントである。単一・複合・連鎖・防御ありの脆弱性攻略という四種類のシナリオを用意し、人間のペネトレーションテスターの多段階の偵察・分析・攻略プロセスを模したPACEagentで評価する。七つのフロンティアLLMによる広範な実験の結果、「現行モデルは複雑なサイバーシナリオに苦戦し、防御を突破できるモデルは一つもなかった」とし、「これらの知見は、現行モデルがいまだ汎用的なサイバー攻撃の脅威をもたらしていないことを示唆する」と結論づける。モデル別の内訳は本文 Table 1 にあり、Claude-3.7-Sonnet が 0.241、Deepseek-R1 は 0.000。ただし著者らは Deepseek-R1 のこの値を、極端な遅延と異常な出力が交絡しているとして外れ値に分類し、能力の評価から外している。 防御ありのシナリオ(DScore)は7モデルすべて 0.000 で、これが「防御を突破できるモデルは一つもなかった」の実体である(素の成功率ではなく式(1)の加重スコア。ただし式(1)に Table 1 の各列を当てると GPT-5-mini の行だけ再現せず、計算値 0.244 に対し表の値は 0.185)。当時のフロンティアである Claude 4 は予備評価のうえ、API コストを理由に本評価の対象から外されている。https://arxiv.org/abs/2510.11688 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

  4. Galip Tolga Erdem, “How Reliable Are AI Attackers Against a Fixed Vulnerable Target? A 400-Run Empirical Study of LLM Penetration Testing Consistency”(arXiv:2605.30096)。査読前のプレプリントである。OWASP Juice Shopと追加の二つの脆弱なサービスに対し、プロンプトとオーケストレータを固定した400回の自律ペネトレーションテスト実行(1モデルあたり100回)を実施した。標的は同一の Terraform 構成だが単一ではなく、Claude と qwen、Gemini と GPT-4o-mini はそれぞれ別の Azure VM に対して走っており、著者はこの組をまたぐ比較すべてに環境差の混入を注記している。攻略成功率はClaude Sonnet 4が61%(61回)、Gemini 2.5 Flash-Liteが85%(85回)、GPT-4o-miniが56%(56回)、Qwen2.5-coder:14bが25%(25回)。モデル間の差は統計的に有意(p<0.001)で効果量も大きく、SQLインジェクション成功率ではqwenとGeminiの間でCohen’s hが1.12に達した。失敗の仕方も異なり、Claudeは39回が上流APIの失敗で打ち切り、qwenは52回が早すぎる完了、GPT-4o-miniは23回が反復予算の枯渇だった。最初の攻略成立までの時間は15〜30秒の幅に収まったが、著者はこれを API の往復遅延とオーケストレータのポーリングに支配される値で、モデル固有の性質として扱うべきではないと断っている。指示されていないサービスをまたぐ認証情報の再利用は qwen 57%・GPT-4o-mini 49%で現れた。どちらも FTP を先に攻めるモデルであり、web を先に攻める Claude・Gemini は SSH を試す前に認証情報ファイルに触れないため0%だった。著者はアーキテクチャの差と文脈保持の差をこの設計では切り分けられないと明記する。 測定は2026年3月26〜29日の窓で行われ、400実行の全ログと解析コードは Zenodo で公開されている(doi:10.5281/zenodo.20421592)。https://arxiv.org/abs/2605.30096 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17

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